抹茶な風に誘われて。
「あ、あの……おばさんが、よかったら今度また新作に挑戦したいから、ご意見いつでもどうぞってお伝えしておいて――とのことでした」

「あっ、それなら俺、俺! えっと俺はねー」

「誰もお前の意見なんて聞いてないんだよ、駄目元。一つ二百九十円の生菓子が躊躇なく買えるようになってから言うんだな。あ、わかりましたって伝えといて。まあ、俺もまた店に寄るけど」

 冷ややかに亀元さんにつっこんだ後、ちゃんと返事をしてくれて、私はますます笑顔になった。

「あの――静さんは茶道をお仕事にされてるんですか?」

 何気なく訊ねたつもりの質問に、急にその場が静まる。

 ――あ、あれ? もしかして私、また何かおかしなことを……?

 あせった私を平然と見て、静さんは微笑を浮かべた。

「――いいや。茶道は趣味。あくまでも今の俺にはね。本業は英語とドイツ語の翻訳をやってる。ほかに質問したいことは?」

 怒って、ない……?

 グレーの瞳はとても穏やかで、優しく見える。

 その奥に秘められた感情はわからなかったけど、私はその言葉に甘えてもう一つ訊ねてみることにした。

「じゃ、じゃあ……静さんはどうしてホストをやっていたんですか?」

 これもそんなに深い意味はない質問だったんだけど、まるで何か爆弾発言でもしてしまったかのように、ハナコさんと亀元さんはお互いを見合わせ、香織さんはそっぽを向いてしまう。

 ――ど、どうしよう。私、また失礼なこと聞いちゃったのかな。

 ベビーピンクの着物の色を自分で見つめながら、ただひたすら静さんの言葉を待つ。

 表情はわからなかったけど、低い言葉が返ってきたのは、そんなに長くもない沈黙の後だった。

「押し付けられた将来から逃げるため、かな。何でもいいから、手っ取り早く自立して金を稼ぎたかった。それだけだ――そのために一番の武器は、自分の顔だったから」

 思わず見上げたら、そこにあったのは先ほどと同じ穏やかな瞳。

 ううん、そのグレーは、とてもさびしくて――とても悲しい色だった。
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