抹茶な風に誘われて。
「あっ、あのっ!」

 背後で遠慮がちな声がした。

 咄嗟に左右を見、他に声をかけられるべき人物が誰もいないことを確認してから、ゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは、さっき下で一人ゴミを拾っていた女子高生だった。

 遠目に見た時よりやわらかそうな色白の頬を赤く染め、薄い唇をぎゅっと噛み締めて俺を見上げている。

 一見臆病そうに見える少女が、純日本風の焦げ茶色の瞳でしっかりと俺を捉えていて、わずかに眉を寄せ、怒ったような顔つきをしていることが意外で、俺は口を開いた。

「――何」

 最短で、最適な答え。それに対して少女は、セーラー服の裾をもじもじと握り締めながら、しばらく迷った後、それでも強い目で再び見上げてきたのだ。

「……どうして――ですか?」

 問いかけは小さすぎて、俺の耳には届かなかった。

 眉間にしわを寄せて瞳に疑問の色をのせると、少女は怯えたように少しだけ後ろに下がる。

 階段を二、三段ほど下りていたにもかかわらず、まだ俺よりも下にある瞳。

 体と同じように華奢な手をぎゅっと握って、少女は決意したようにまた口を開く。

「どうして、折っちゃうんですか?」

 そこでようやく、少女の瞳が俺の手にある夕顔に向いていることに気づいた。

 どうやら見ていたらしい。いつの間に、と思った俺には気づかぬように、震えてるのかと思えるほど弱々しい声で、少女は続ける。

「その花――夕顔は、夕方から翌朝までの、ほんのちょっとの間しか咲けないんです。それなのに、折っちゃうなんて――」

 自他共に認めるほどのポーカーフェイスのこの俺が目を見開くほど驚いたのは、少女が泣きそうな顔をしていることだった。

 堤防の上のゴミまで拾いに来たのか、その手にはまだゴミ袋が握られたままだったが、それすら忘れているかのような必死な顔つきで、潤んだ瞳を俺に向けてくるのだ。

「かわいそうだと思いませんか?」

 最後に言われた言葉が極めつけだった。
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