抹茶な風に誘われて。
 アルファベットをひたすら打っていると、周囲の雑音が消えていく。

 日本語のような曖昧な表現などない――固く、はっきりとした言葉。

 それは同時に、俺の中の懐かしい面影を呼び起こす。

 優しい母の、優しい言葉。

 それだけは忘れたくなかったから、俺は必死で英語の勉強を続けた。

 まさかそれが仕事に役立とうとは、考えてもいなかったけれど。

 ようやく全ての作業を終えた時には、既に薄闇が辺りを包んでいた。

 そうだ、と頼まれものを思い出した俺は、外出用の着物に着替えて家を出る。

 面倒だったが、いつも世話になっている和菓子屋の主人から頼まれては、断ることもできなかった。

 荷物を片手に、俺はのんびりと家を出た。



 見慣れた商店街へと続く道を歩きながら、どこか落ち着かない気持ちになっていく。

 ――また会うかもしれない。

 だからなんだというんだ。

 ――あの瞳で、俺を見つけたら。

 それでも無視してしまえばいい。

 ――でも、また聞かれたら?

 今度こそ、だめだとはっきり拒絶してやればいい。

 ――まっすぐに問いかけられたら?

 こんな自分に恋などと、する気にもならないようにしてやればいい――。

 自問自答を繰り返しながら、千手堂へとたどり着いたのは夜の八時になろうという頃だった。
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