抹茶な風に誘われて。
「ああ、一条さん。これはこれは――お電話下されば、こちらから取りに伺ったのに」

 わざわざ有難うございます、と丁寧に頭を下げたのは、主人のほう

「いや、散歩がてら来ただけだから」

 適当に愛想笑いを浮かべると、持ってきた風呂敷包みをほどく。

 中から現れた桐箱の蓋を開けると、主人は嬉しそうに瞳を細めた。

「おお、本当に山鉾だ……しかも同じ物が二客あったんですねえ。これは先方もさぞかしお喜びになると思います」

「婆さんが嫁入り道具に持ってきたとか、昔聞いていてね。ご主人から電話があった時、それを思い出したんだ」

 なんとはなしに告げると、主人は遠慮がちに茶碗を覗き込んだ。

「しかし、そんな大切な物をお借りしていいのかな……。しかもこれ、浅見与し三窯の作品でしょう。大八木の奥様が、天国から怒ってきたりして」

 二年前に他界した俺の元お得意客、大八木の婆さんを主人は存命の頃から知っている――だからこそあの豪胆な彼女に怒られることを想像したようにおずおずと言うのだろう。

 婆さんが見たら背中を叩いて渇を入れそうだ、と内心笑いをかみこらえながら俺は桐箱を差し出した。

「大丈夫。茶碗は使ってこそ価値があるものだっていうのが婆さんの口癖だったから――役立てられたらきっと喜んでくれると思うよ」

「そ、そうですかね――じゃあ有難くお借りします。いや、女房がどうしてもと頼むもんだから……」

「奥さんの恩師だそうで」

 電話で聞いた話をふると、主人は少し悲しげな顔になって頷く。

「かなりのお年だから、面会はこれが最後かもしれないんですが――ベッドから起き上がれなくなってもずっと、京都へ帰りたがっておられたと。せめてものお慰めになればと女房がね」

 相槌を打ちながら、俺の目は無意識に茶碗に描かれた山鉾を追う。
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