抹茶な風に誘われて。
「はっ――」

 思わず声がもれた。

 耐え切れずに続くのは、笑い声。

 珍しくも大きな声を上げて、俺は笑っていた。

 だって、おかしくておかしくて――。

 何事かと思えば、花を折ったから、だと少女は言うのだ。

 しかも三十になるこの俺が、セーラー服の女子高生に説教されてるなんて――。
 おかしくてたまらずに、俺は笑う。

 しかし自分のことを笑われているのだと思ったのか、少女は見る見る間に顔を赤らめ、更に憤慨したように両手を握り締めた。

「なっ、何がおかしいんですか! あなたみたいな人に簡単に折られちゃうなんて――お花がかわいそうです! 最低です、ひどいです! せっかく咲いたのに、ただでさえ短い命なのに人間の勝手で折られるなんて――お花が報われません!」

 自分で言いながら悲しくなったのか、腹を立てたのか、少女はついに泣いていた。

 大粒の涙をこぼして抗議してくる、自分より一回り以上年下の少女――か弱そうなのに気の強い、不思議な女の涙に、俺は笑いをおさめた。

 いつもなら女の涙は大嫌いなのに、ただ身勝手なだけのそれとは違う、純粋そのものの感情をぶつけられ、俺は面白い、とさえ思っていたのだ。

「じゃあ花屋はどうなるんだ。人間の身勝手で折られ、売られる――それは許されて、俺が花を折っちゃいけないのか? なら河原の雑草は? どうせ抜かれる運命なんだ。その草花の命とやらはどうなる? そんな風に責めるぐらいなら、あんたは大層ご立派で、肉も魚も植物も、一切口にせずに、無駄な殺生はしないっていうのか? 納得の行くように聞かせてもらいたいね」

 わざと顔を近づけて覗き込むようにしながら、まくしたてた。そんな俺に呆気にとられたように少女は口を開けたまま、固まっていた。

 我ながら屁理屈だな、とは思う。子供だな、とも。

 でも仕方ないじゃないか――こんな風に俺をまっすぐに見上げて、ひるみもせず自分の主張を向けてくる奴なんて、滅多にいないんだ。

 この状況を少し楽しむぐらい、神様だって許してくれるだろう。

 しばらく止まっていたままの少女の唇は、風に吹かれて気を取り直したかのように動いた。
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