抹茶な風に誘われて。
「あたしも静ちゃんに届け物で来たんだけどね。いつもはポストに入れとくんだけど、せっかくだからかをるちゃんに届けてもらおうかしら」

「えっ、私が?」

「ええ。だってかをるちゃんも静ちゃんに届け物でしょう?」

 お見通しのようにウインクするハナコさんは、戸惑うばかりの私を優しく見下ろして微笑んだ。

「あの子もついに屈服する時が来たのかもねー恋の女神に」

 何のことだかわからなくて、目をぱちくりさせる私。ただにこにこ笑うハナコさん。

 路地のつきあたりで立ち話をしていた主婦たちが、興味深そうに私たちをちらちら見ていた。

「いけない、あんまり長居してたらまたどやされちゃうわー早く戻って来いってね。んじゃねっ、これよろしく」

「あっ、あの――」

 カバンから出して渡されたものを受け取ってしまってから、あわてて呼び止める。

 振り向いたハナコさんは、ついでのようにさらさらと何か書いたメモ用紙を私に差し出す。

「そうそう、これが静ちゃんの居場所。今日は夕方までここにいるはずだから」

「あっ、ハナコさん! 待ってください――!」

 呼びかけた時ちょうどポケットで携帯が鳴って、ハナコさんはいたずらっぽく私に人差し指で静かに、と合図してから通話ボタンを押した。

「ああ、三村君。いや、まだ先方と会食中でね。もうすぐ社に戻るから――先ほどの案件は君に任せるからうまく進めてくれ。頼むよ」

 全く普通の男の人みたいな話ぶりと態度に豹変するハナコさんに、私は驚きすぎて目を丸くして――気が付いた時には手を振るハナコさんを見送っていたのだった。

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