抹茶な風に誘われて。
 午後三時、古い柱時計が指した時間きっちりに、かをるはやってきた。

 庭のむくげをいくつか茶花に見繕っていた時だった。

 今日は茶会じゃなく、軽い茶道教室みたいなものだから、わざと早くから準備をしなかったのだが――かをるはあわてたように自転車を停めた。

 華奢な体を包む清楚な水色のワンピースが、蒸し暑い風に舞い上がる。ふわふわと揺れる髪は、ポニーテールに結い上げられていた。

「ごっ、ごめんなさい! もっと早く来るつもりだったんですけど、ちょっと配達が立て込んじゃって。葉子さん――あ、お店の奥さんはいいって言ってくださったんですけど、そうもいかないしって……あっ、あの、初日から遅刻だなんて、生徒失格ですよね?」

 ごめんなさい、ともう一度頭を下げたかをるに、俺は笑った。

 どんな顔してやってくるだろうとあれこれ考えてはいたが、予想通り緊張が全身を包んでいるのがわかったからだ。

「別にいいよ、ちゃんとした教室でもあるまいし。これからも忙しければバイトを優先させればいい。それに――俺は別に君の先生になった覚えはないから、生徒だなんて身構えなくていいよ」

 笑いをこらえながらそう返したら、かをるは嬉しいのかほっとしたのか、それとも残念なのかよくわからない顔で「はい」と言った。

「上がってくれ。今日は盆点前だけ軽くやってみようと思ってる」

 鋏で切ったむくげの枝を持って家に入ると、かをるは緊張したまま付いてきた。

「あ、盆点前っていうのは――」

「いらっしゃーい、かをるちゃん! さっ、上がって上がって!」

「お邪魔してまーす。あ、本当に邪魔ならすぐ言ってねー帰るから!」

「だめだよー香織さん。邪魔してやるんだもーん。へっへっへ」

 俺の説明を遮ってわらわらと襖の向こうから沸いて出た面々に、かをるは目を見開いていたかと思うと、ようやくほっとしたように笑顔になる。

< 94 / 360 >

この作品をシェア

pagetop