「愛してる」、その続きを君に
「あー、信ちゃん遅いね、何やってんのかな」
しばらくして夏海がぽつりと呟いた。
それには答えずに、「なっちゃんは…どう?進学はやっぱりしないの」と遠慮がちに雅樹が訊いてきた。
「うん、今のところ考えてない」
「…そうなんだ」
「ずっとこの町にいたいんだ。せまくて窮屈だけど、でもここの海を見て、空を見てこれからもここで過ごしていきたいから」
自分の言葉に軽く笑うと、彼女はベンチから立ち上がった。
そしてズルズルと下駄を引きずりながら、「ビーチサンダルにすればよかった」と小さく呟く。
髪を結い上げたうなじ。
それはいつの時代も男心を刺激する。
雅樹はそんな夏海の後ろ姿から目をそらした。
すると、うつむき加減の気弱な声が彼の耳をかすめた。
「それにお父さんが心配だから」
「なっちゃん」
「一人じゃ何にもできないのよ。おばあちゃんがいなくなって、もう私にはお父さんしかいないし、お父さんも私しかいないから」
「そっか…」
「なぁんてね、そんな顔しないでよ」
深刻な顔の雅樹を見て、彼女は噴き出した。
しかしすぐに真顔になってうつむく。
「本当はね、怖いんだ、外の世界に出るのが。弱虫でしょ?」
「そんなことないよ、なっちゃんはいつも前向きで俺は好きだよ」
そんな雅樹に「ありがとう」とにっこりすると、夏海は頬にかかる髪を指で払った。
月明かりに浮かび上がった彼女のそんな姿に、雅樹は息を呑んだ。
決して長いとは言えないが、黒く濃い睫毛が月光で銀色に輝いて見える。
その目元から通った鼻筋を辿り、雅樹の視線はふっくらとした唇で止まる。
少し厚めの上唇が、余計に彼の心をざわめかせた。
「どしたの?マーくん」
伏目がちだった夏海の瞳が雅樹をとらえた瞬間、彼はたまらずその唇に…
キスをした。