「愛してる」、その続きを君に


どうしたの、そんな夏海の質問に答えられるはずもない。


彼の中で今ふたりの「信太郎」が闘っているのだ。


目を固く閉じ、何度か肩で大きく息をする。


こうやって彼女を引き留めてみたものの、次にどうするべきなのか信太郎はわからないのだ。


親友の、雅樹のことが頭をよぎる。


彼の気持ちを知って身を引いたはずだろ、今さらどうするつもりだ、この手を離すなら今のうちだ、と一人の信太郎が諭す。


しかしもう一人の信太郎が言う。


あきらめられるはずがないだろ、ずっと苦しかったんだろ。


夏海だっておまえのことが好きなんだぞ、今しかないじゃないか、と叱咤激励する。


また別の彼が言う。


あの夏祭りの日、雅樹は夏海にキスをしたんだぞ、あれで彼女の気持ちもあちらに動いたはずだ、一番近くにいる男なんだからな…と。


だけど…


でも…


「今」を巡って熾烈な葛藤が信太郎の中で繰り広げられていた。


彼の吐く息が、いつしか小刻みに震える。


歯を食いしばれば食いしばるほど、眉間の皺は深くなっていく。


「…信ちゃん?」


苦悩する彼の手が、知らず知らずのうちに夏海の細い腕をしめつけていた。


『好きな女に好きの一言も言えないのかい!なんでもかんでもあきらめるんじゃないよ!』



武ばぁ…


信太郎はゆっくりと目を開けた。


とうとうたまらず夏海がその手から逃れようとした時だった。


「離して、信ちゃ…」



彼女が名を呼び終えるよりも早く、信太郎はつかんだ手を勢いよく引き寄せた。


「ナツ!」


冷たい頬が信太郎の胸に押し当てられる。


「ナツ…」


壊れるのではないかと思うほどに、彼は夏海を強く抱きしめた。


しん、と静まりかえった夜道で、ふたりにはお互いの息遣いだけしか聞こえなくなった。

< 120 / 351 >

この作品をシェア

pagetop