「愛してる」、その続きを君に
どうしたの、そんな夏海の質問に答えられるはずもない。
彼の中で今ふたりの「信太郎」が闘っているのだ。
目を固く閉じ、何度か肩で大きく息をする。
こうやって彼女を引き留めてみたものの、次にどうするべきなのか信太郎はわからないのだ。
親友の、雅樹のことが頭をよぎる。
彼の気持ちを知って身を引いたはずだろ、今さらどうするつもりだ、この手を離すなら今のうちだ、と一人の信太郎が諭す。
しかしもう一人の信太郎が言う。
あきらめられるはずがないだろ、ずっと苦しかったんだろ。
夏海だっておまえのことが好きなんだぞ、今しかないじゃないか、と叱咤激励する。
また別の彼が言う。
あの夏祭りの日、雅樹は夏海にキスをしたんだぞ、あれで彼女の気持ちもあちらに動いたはずだ、一番近くにいる男なんだからな…と。
だけど…
でも…
「今」を巡って熾烈な葛藤が信太郎の中で繰り広げられていた。
彼の吐く息が、いつしか小刻みに震える。
歯を食いしばれば食いしばるほど、眉間の皺は深くなっていく。
「…信ちゃん?」
苦悩する彼の手が、知らず知らずのうちに夏海の細い腕をしめつけていた。
『好きな女に好きの一言も言えないのかい!なんでもかんでもあきらめるんじゃないよ!』
武ばぁ…
信太郎はゆっくりと目を開けた。
とうとうたまらず夏海がその手から逃れようとした時だった。
「離して、信ちゃ…」
彼女が名を呼び終えるよりも早く、信太郎はつかんだ手を勢いよく引き寄せた。
「ナツ!」
冷たい頬が信太郎の胸に押し当てられる。
「ナツ…」
壊れるのではないかと思うほどに、彼は夏海を強く抱きしめた。
しん、と静まりかえった夜道で、ふたりにはお互いの息遣いだけしか聞こえなくなった。