「愛してる」、その続きを君に


「いいじゃないか、信太郎が行きたいって言ってるんだから。おまえも頭ごなしに無理だ無理だと言うもんじゃない」


髪を拭きながら、研一はたしなめるように亜希子に言った。


だって…と言葉を続ける妻をよそに、研一も息子の前に座る。


「本気か?」


「…父さん」


「本気か、と訊いてる」


「ああ、K大の工学部で宇宙工学を勉強したい」


彼は足下に置いていた鞄の中から、大きめの茶封筒を取りだした。


そこには綾乃の父、児玉豊にもらった大学の資料が入っている。


何度か目を通してみたが、レベルも高く自分には到底無理だと思っていたにもかかわらず、どうしても捨てられず持ち歩いていたのだ。


「宇宙工学か…どうしてまた急に?」


「武ばぁがさ、死ぬ前に俺に怒鳴ったことがあるんだ。なにもかもあきらめるんじゃない、スットコドッコイって。スットコドッコイだぜ?その時は正直ムッとしたけど、ああやって面と向かって言ってくれた人、いなかったし。だからできるところまでやってみたいんだ」


K大のパンフレットに軽く目を通しながら、研一はそれが何度も読み込まれたものであることに気付いた。


それと息子の顔を交互に見やる。


久々に見る信太郎の真剣な表情だった。


「よし、じゃあやってみろ。おまえが納得するまでな」


「マジで?」明るい声がダイニングに響き渡る。


「でもお父さん…」


不安げな亜希子の声があがる。


「母さんを見返してやれよ、信太郎」


研一がそう言って席を立つと、それを追うように信太郎が「父さん」と呼び止めた。


「ありがとう」


「ああ、しっかりやれよ」


小学生のような笑顔で頷くと、彼は鞄を抱え足早に2階の自室へと上がっていった。


「お父さん、無茶よ、K大なんて。マーくんならともかく信太郎に…」と亜希子が先ほど言いかけたことを口にする。


「いいじゃないか、あいつがバスケ以外にやりたいってことを見つけたんだから」


落ち着いた様子で天宮研一はそう言うと、冷蔵庫を開け缶ビールを取りだした。

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