「愛してる」、その続きを君に


「ちょっと散歩でもするか」


信太郎が言った。


「なんか年寄りくさい」と夏海は笑う。


「んなこと言ったって、こんな田舎ですることなんてないだろ」


「田舎、田舎って言わないでよ」


夏海は春から豊浜の町役場で働くことになっていた。


小さな町だけに、職員は全員知り合いだし、役場にくる人ももちろん知り合いだ。


人間関係が広がることはないが、それでも彼女はいいと思っている。


なぜならここには海がある。


母がこの海を見て名付けてくれたのだ。


そして祖母がよく背負って、夕焼けに染まる海を見せてくれた、そう思えばとても幸せな気分になる。


それにここには空を遮る高い建物もない。


たとえ信太郎と離れていても、空が自分たちを繋いでいてくれる。


「おい、ナツ。こんなド田舎でもやることがあったぞ」


「ドをつけないでよね。で、何?やることって」


「こっち」


信太郎は夏海の手をとると、海の見える公園に連れて行った。


「寒いからやだ」


海からの風が容赦なく二人に吹き、彼女は顔をしかめた。


「信ちゃん、寒いってば。帰ろうよ、こんなとこでやることって何にもないじゃん」


夏海が引き返そうとすると、信太郎の冷たく大きな手が頬を包んだ。


「やることっつったら、これだろ」



手と同じくらい冷たい唇が、夏海のそれにそっと触れた。


冷たい風の中で真っ赤な顔をしている夏海に、信太郎は笑った。


「なんだよ、おまえ。暑いの?」


「べっ、別に」


風にかき乱された髪を押さえながら、夏海はむきになって答える。


キスなんて久しぶり…彼女は動揺を隠すように、信太郎から顔をそらせた。


付き合っているといっても、それらしいことなんて、したことがない。


映画にも行かないし、手をつないで歩いたりもしない。


クリスマスだって別々に過ごした。


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