「愛してる」、その続きを君に
何やらカルテに書き込みながら医師は言った。
「まだ何とも言えないけれど、大学病院に病理検査してもらいましょう」
「大学病院?」
「ええ、W大です。あそこなら最新の機器がそろってるから」
「ここではわからないくらい、私悪いんですか…?」
そう口をついて出てきた言葉に、夏海自身が慌てた。
恐ろしくて一番訊きたくないことなのに、でも一番訊きたいこと。
中島が彼女をじっと見る。
こういう場面には、熟練の医師としてきっと慣れているのだろう。
しかしその目がきらりと一瞬光ったのを彼女は見逃さなかった。
「まぁ、どうせならきっちり調べておきましょうよ、ね?市原先生のご紹介ですしね」
そんな中島の様子に、漠然とした不安がより大きなものとなって押し寄せ、夏海を飲み込んでしまいそうだった。
まるで嵐の豊浜の海のように。
きれいな砂浜をかき乱していくような、灰色の不気味な大波のように。
放心状態で病院を出ると、外のすさまじい熱気に我に返った。
信太郎に会いたい…会って抱きしめて欲しい。
思わず携帯を取りだし、彼の番号を呼び出すも、発信ボタンを押す勇気がなかった。
いけない、まだ潰瘍があると言われただけだ。
無駄な心配をかけるわけにはいかない。
夏海は携帯をバッグに投げ込むと、持ってきていた日傘をさすのも忘れて、焼け付くアスファルトの上をおぼろげな足取りで歩いていった。