「愛してる」、その続きを君に
「奥さん、タコも今日揚がったばっかりだよ」
漫画にでも出てきそうなねじりハチマキをしたおじさんが、魚をさばく手を休めてふたりに声をかけてきた。
「お…奥さん?」
焦りながら、真っ赤な顔で夏海は「いやいや」と手を振る。
「まけてくれる?じゃあちょうだい」と信太郎がそんな夏海をよそにタコを受け取る。
「カッカすんなよ。おまえの方がゆでタコじゃん」とそれをカートに入れながら笑った。
「別にカッカしてないし。で、これどうすんのよ?さっきオクラが安かったからそれと一緒に甘辛く炊く?」
「それもいいねー」
「じゃ、きまり」
野菜売り場に戻り、ネットに入ったオクラをカートに突っ込むと、信太郎が言った。
「ケーキは恵麻が仕事帰りに買ってくるってさ」
「了解。じゃあ、レジに行ってください」
「え?酒とか買わないわけ?」
「あのね、信ちゃんは受験生でしょ」
「でも4月でハタチになってるぞ、俺。お酒とタバコはハタチになってからっていう有名な格言があるだろ」
「でもダメ」
そんな言葉を一蹴し信太郎からカートを奪うと、夏海はレジに向かった。
「いいじゃんー今日くらいよぉ」とぶつくさ言いながら、彼もついてくる。
精算をすませたものを手際よく2つの買い物袋に詰めると、信太郎が横から荷物を取るとさっさと店を出る。
「重いでしょ。私一つ持つよ」
「いいって」
「持つってば」
「ったくおまえなー。これくらい何ともないって…よし!じゃあこうしよう」
そう言って彼は軽い方の買い物袋を夏海に手渡すと、あいた左手を彼女の目の前に差し出した。
そして「ほら、早く」と突き出してくる。
一瞬何のことかわからなかったが、照れ隠しの少し怒ったような信太郎の顔を見て、夏海は微笑みながらそっと差し出された左手を握った。