「愛してる」、その続きを君に
「異常がない、それは断言できません。たちの悪いものかもしれない、という可能性も捨てきれませんから」
「たちの…悪い…?」
「中島先生ももしかしたら、と思ってW大に病理検査を依頼したんでしょう」
「でも…ガン細胞は検出されなかったんですよね?」
「それは検査方法によります。今回は発見されなかった、ということも充分にあり得ます」
「じゃあ、ガン…かもしれない、そういうことですか」
「今の時点では何とも…ただその確率は高いのではと…。とにかくW大病院を早く受診されるべきです」
市原の言葉に克彦は全身の力が抜けたように、診察台に腰を下ろした。
目はうつろで、視点も定まらない。
無精ひげの伸びた顔は、彼をはるかに老けて見せた。
市原はかける言葉すら見つからず、克彦の隣に並んで腰を下ろす。
そんな様子に、妻が亡くなった時も若かった市原はこうやって何を言うでもなく、励ますでもなく、ただ隣に静かに座っていたことを思い出した。
「ねぇ、先生?なんであいつばっかり…こんな目に遭うんですかね」
「…佐々倉さん」
「早くに母親を亡くして、その声もぬくもりもあいつは知らないんですよ。しかも育ててくれたばあさんの倒れてるとこを見つけたのは夏海です。どんなにショックで恐ろしかっただろうかと…。好きで好きで仕方ない信ちゃんもあんなことになって…間髪入れずに次はこれだ。なんでですかねぇ…」
なんで…と声を殺した鳴き声が暗い廊下まで漏れてくる。
「なんで夏海ばっかり…」
その廊下の隅に、呆然とたたずむ一つの黒い影。
雅樹だった。
思わぬ二人の会話に、動けなくなってしまったのだ。
口の中がカラカラで、ツバを飲み込もうとすればするほど、喉の奥がやけつくように痛む。
落ち着け、と言い聞かせるように熱くなった額に手を当てると、ねっとりとした汗が指に触れた。