「愛してる」、その続きを君に
「アイスのほうがよかったんじゃないか?」
しかし姉からの返事はない。
「なぁ、恵麻?」
階段を上がりきった姉に目をやった信太郎は、彼女の肩が小刻みに震えているのを見た。
そしてジリジリと後ずさってくる。
「おい!何やってんだよ。危ないだろ」
「……やっ…」
「恵麻?」
異変を感じ取った彼は、一気に階段を駆け上がる。
タンッと最後の一段に足をかけたとき、前方から一つの影が自分たちに向かってくるのに気付いた。
信太郎の姿を見ると一瞬その影は歩みを止めるが、またゆっくりと近付いてくる。
「課長…」
恵麻が息のような声で呟いた。
「…どうしてここに…」
姉にしつこくつきまとっている男だと、信太郎はすぐさま思った。
「どうしてかって?君、昼休みに電話してただろ?ほらこの先のケーキ屋。僕も好きなんだよ、あそこのチーズケーキ…」
「まさか盗み聞き…?」
恵麻の顔から、みるみる血の気が失せてゆく。
彼女をかばうように、信太郎は姉の前に進み出た。
「恵麻…」
まとわりつくような湿っぽい声で、その男は彼女の名を呼んだ。
「姉に何かご用ですか?」
にらみつけるように信太郎は訊く。
30代半ばだろうか、頼りなさをうかがわせる体つきで、神経質そうに何度もフレームの細いメガネを人差し指であげる。
「姉?ああ、確か弟がいるって言ってたな。君がそうか。てっきり年下の恋人ができたのかと思って、内心嫉妬してたんだよ。そうか、よかった」
「…信太郎、行こう」
恵麻が弟の腕をつかんで、上がってきたばかりの階段を下りようとする。
「待てよ。きっちり決着つけとかないと、いつまでもコイツはつきまとうぞ」
「いいから!行こ!」
「おっと、コイツ呼ばわりか。一応ね名前はあるんだよ。高林、という名前がね」
ヒッヒッとカンに障る甲高い笑い声を上げながら、その男はいよいよ彼らに近付いてくる。
信太郎は無理矢理姉の手をはずすと、その高林と名乗った男と対峙した。