「愛してる」、その続きを君に
今朝も豊浜の浜辺は静か。
誰もいない、誰も見えない。
ただ風が
そう、風が優しく吹いているだけ。
夏海はペンを置いた。
豊浜の市原診療所。
2階の数室しかない病室の一室で一人、彼女は薄曇りの空を望む。
こちらに移ってきて10日あまり。
すっきりと晴れたことがない。
せっかく念願の豊浜に帰ってきたというのに、あのどこまでも突き抜けるような青い空と海をまだ一度も見ていない。
神さまは意地悪だと思う。
自分にはあと数えるほどしか、その青さに目を細めることができないというのに。
「できた?」
隣で綾乃が遠慮がちに声をかけた。
「あ、ごめん。ボーッしてた。またお願いしてもいい?」
我に返った夏海は、書き終えたばかりの便せんを彼女にそっと差し出した。
児玉綾乃は電車を乗り継いで、頻繁にこの診療所に夏海のもとを訪ねてくれていた。
偶然大学病院で出会い仲良くなったとはいえ、綾乃にとって夏海は恋人を奪った憎い恋敵だといっても過言ではない。
それなのに、克彦がそばにいない時には代わりに夏海の手助けをよくしてくれた。
薬の副作用で何度も嘔吐する夏海から目をそらすことなく、背中をさすってくれたり、トイレにも手を貸してくれた。
一度訊いたことがある。
どうして知り合って間もない自分にここまでしてくれるのか、と。
すると、彼女は意外にもあっけらかんと答えた。
「私、夏海さんが好きになっちゃったのよ」と。
「それに、豊浜ってとてもきれいなところ。天宮くんったら一度も私をここに連れてきてくれたことなかったのよ。きっと夏海さんと過ごしたところだから、ふたりだけの宝物のしておきたかったのかしらね」
そう言って屈託なく笑ったのだった。