「愛してる」、その続きを君に
「もし仮に、なっちゃんが母さんの言う通りの子だったとしよう。でも俺はそれでもいい。騙されててもいい、そう思ってる」
「雅樹」
「もう一度言うよ。なっちゃんは母さんが思ってるような子じゃない。だから好きになったんだ」
それでも食い下がる薫に、寛治が言った。
「もうやめなさい。雅樹はおまえの所有物じゃない。意志をもった一人の人間なんだ。見守ってやるのも親の役目じゃないのか」
「あなたまでそんなことを…」
納得のいかない様子で薫は夫を見るが、寛治はすでに何事もなかったかのように箸を動かし始めていた。
「父さん、ありがとう。本当にありがとう」
雅樹は何度も礼を言い、席を立った。
薫は呆然とテーブルに並んだごちそうの数々を見ていたが、心はどこか違うところに向いているようだった。
雅樹は静かにダイニングのドアを閉め、なるべく音を立てないように階段をあがっていく。
すると、遥が自室の前で膝を抱えて座り込んでいた。
鼻をスンスン鳴らし、目を真っ赤にして小さくなっていた。
きっと、ここで階下の会話を聞いていたのだろう。
「おいおい、部屋に入ってろって言わなかったっけ?」
雅樹は努めて明るく言った。
「お兄ちゃん…」
「ん?」
彼も妹の横に並んであぐらをかいた。
「お母さんは、なっちゃんのことが嫌いなの?」
「そんなことないよ。いろいろあったから、ちょっと気が立ってるだけ。だからあんな言い方したんだよ」
腑に落ちない表情のまま、目をこする遥。
夏海のことが大好きな妹に、彼は優しく微笑んだ。
「明日、早速なっちゃんのお見舞いに行くけど、おまえも一緒に行く?」
「…ねぇ」
丸みを帯びた左右の指を絡めながら、遥は言った。
「私、まだ愛とかってよくわかんないけど、好きな人はいるから、お兄ちゃんの気持ちはわかるよ…だから…」
「はははっ、池田くん、だったっけ?」
「バカ!真剣な話してるんだから!」と遥は真っ赤な顔で兄も肩を何度も叩く。
「なっちゃんがシンタローのことが好きなのは、何となくわかってた。でもお兄ちゃんがなっちゃんのことが、ものすごーく好きで、そばにいたいって言うなら、私は応援するからね」
照れたようにそう言う遥に、雅樹は胸が熱くなった。
「ありがとう、遥。ありがとうな」