「愛してる」、その続きを君に
第5章━泡━
市原がカーテンを勢いよく開け放った。
「おはよう、なっちゃん」
あまりの眩しさに、夏海は目が開けられない。
「お…はようございます、先生…」
逆光で、市原のシルエットだけがぼんやりと浮かび上がる。
「今日はね、とっても良い天気だよ。外もあったかいし、こういう日を小春日和っていうんだね」
そう言われ、夏海は光に慣れてきた目で窓の外を見た。
「雅樹くんから朝一番で電話があってね、今日はあったかいから君を海に連れて行ってやりたいんだって。どうする?」
「海に?」
胸と同時に声も弾んだ。
「そう、車椅子でだけどね」
「行ってもいいんですか?」
「少しだけならね」
市原は片目をつぶると、声を出して笑った。
昼過ぎに雅樹が病室にやってきた。
「マーくん、なんだか悪いね。せっかくの帰省中だっていうのに」
克彦が夏海にニット帽をかぶせながら言った。
「そんな、大げさですよ。家にいてもすることもないし、もちろん勉強もしたくないし。それにこんな良い天気の日くらい、なっちゃんも外に出たいよね」
「ありがと、マーくん」
夏海はどこかしらウキウキしているように見え、彼も嬉しくなった。
市原診療所には、当然というべきだろうか、エレベーターがないため、2階の病室から階段を使って降りなければならない。
克彦が夏海に向かって背をむけたまま、しゃがみこんだ。
「ほら、おんぶ」
「大丈夫?お父さん」
不安げにその背中を見つめる。
「バカ言え、おまえの一人や二人」
夏海は雅樹の肩を借りながら、父の背中に身を委ねた。
よいしょっと、かけ声ひとつで克彦は立ち上がる。
日に焼けた首に手をまわすと、必然的に父の襟足が目に入る。
白いものが増えたその髪の生え際に、夏海は胸がしめつけられるようだった。
こんな病気になって、父の気苦労はいかほどだろう。