「愛してる」、その続きを君に
親不孝とはこういうことを言うのだろうな、と彼女は思い小さく「ごめんね」と囁いた。
「え?」
「…何でもないよ」
克彦は克彦で、背負った娘の軽さに涙をこらえるのがやっとだった。
階段を降りると、午前の診察を終えた市原と看護師が車椅子を用意して待っていた。
それに乗り移った夏海に、市原は「楽しんでおいで。途中で辛くなったらすぐに連絡を」と言ってブランケットを膝に優しくかけた。
「ありがとうございます」
雅樹が車椅子を押す。
診療所の扉が開くと、そこにはどこまでも続く真っ青な空。
雲一つない、澄んだ空。
彼女は思わず、ああ…と声を漏らした。
そして胸いっぱいにその空気を吸い込む。
肺の隅々、身体の隅々に少し冷たい空気が染み渡っていくようだった。
生きてる、今こうして確かに生きている、夏海はその実感に浸っていた。
「じゃ、行こうか」
克彦が促すと、雅樹が少し照れ笑いをしながら言った。
「おじさん、今日は二人きりにしてくれませんか」
「でも…」
市原医師と談笑する娘にちらりと視線を向けながら、克彦はためらいを見せた。
彼の夏海への気持ちはありがたい。
だからこそ、その想いに応えられない夏海と彼が共に過ごすことは、かえって雅樹を傷付けることになるのではないか、と克彦は懸念していた。
「今日はふたりで小さい頃の話とか、それに信太郎のこととか…そういうことを話したいんです」
そう言う彼の瞳に、一抹の寂しさを感じ取った克彦は「じゃあ、お願いするよ」と軽く頭を下げた。
「さあ、行くよ、なっちゃん!」
急発進した車椅子に歓声をあげる夏海の声がかすれていた。