「愛してる」、その続きを君に
市原の言うことには、抗がん剤の治療を引き続き行っていきたいが、腹水がたまっても夏海の体力面を考えると、そう頻繁に抜いてやることができないという。
水が腹部にたまれば、痛みはますます増し、辛いものとなる。
「なっちゃんは本当に強い子です。相当痛いはずなのに、医者の私の前ですら弱音を吐かない」
市原の方が苦しげに眉を寄せた。
「ここでの治療には限界があります。大学病院に戻られることも視野にいれてみてはいかがですか」
「悪化している、ということですか」
「小康状態、今はその言葉が一番ぴったりでしょう。しかし、今より良くなる可能性は極めて低い」
「だったら夏海の思うようにさせてやってください。あいつがここにいたいと望むなら、そうしてやってもいいですか?」
「しかし充分な医療を受けるには…」
「そりゃあ生きていてほしいですよ!どんなことをしても生きていて欲しい!1日でも長く生きていてほしい、それが親ってもんでしょう!」
克彦が声を張り上げた。
「だけどね、夏海は大学病院よりもここを選んだんです。豊浜がいいって。その時わかったんです。あいつの中でいかに長く生きるかよりは、いかに死んでいくかのほうが大事なんだって…」
「でも生きていれば、考え方も変わるものです」
市原が力強く言った。
その言葉に「いいえ」と克彦は静かに首を横に振った。
「夏海はわかってるんです。もう信ちゃんには会えないって…もう間に合わないって。だからここにいたいんですよ。信ちゃんと過ごしたこの豊浜に」
「佐々倉さん」
克彦は鼻をすすると、作り笑いをした。
「でも、一応あいつに訊いてみます、どうしたいのかって」
克彦は薄汚れた上着を手に取ると言った。
「じゃあ一度家に帰って洗濯物を取り込んでからまた来ます。夏海のやつ、それまでは寝てると思いますが、何かあったらよろしくお願いします」
彼は一礼すると、静かに診察室を出て行った。