「愛してる」、その続きを君に
その日を境に、夏海の容態は日を追うごとに悪化していった。
児玉綾乃は心配そうにベッドに横たわる彼女をのぞきこんでいた。
うっすらと目をあけ、唇もかさかさのまま半開きだ。
夏海さん、と綾乃は呼び掛けたが黒目が少し動くのがわかっただけで、それが彼女なりの精一杯の反応のようだ。
克彦はその様子を見て、たまらずうつむく。
腹水がたまり痛みが激しいのだろう、時おり夏海は顔をゆがめるも、こうなった今でさえ弱音を吐くことはなかった。
その時、控えめにドアがノックされた。
どうぞ、と克彦が声をかけると雅樹が青白い顔をのぞかせた。
「マーくん」
「おじさん、すみません」
開口一番、そう言った。
夏海の容態の悪化は自分のせいだと思っているようだった。
彼女を見て苦しげに顔を歪めながら、「俺が調子にのって海に連れ出したから」と言う。
「いや、そんなことはないよ。さぁ、とにかく入って」
克彦は彼を招き入れた。
「こんにちわ」
綾乃が神妙な面持ちで会釈する。
「ああ、児玉さん。こんにちわ」
微かな笑みを浮かべるも、すぐに雅樹は深刻な顔で夏海を見た。
「なっちゃん…」
痩せ細った血色の悪い彼女の手に、そっと自分の手を重ねる。
「ごめん、俺…」
夏海は乾いた唇をなめると、何かを言いたげに口を動かした。
「ん?」
その口元に耳を寄せる雅樹。
しかし、先ほどと同様に聞き取れなかったようだ。
「マーくん、ちょっといいかな」
克彦が、そんなふうに夏海に寄りそう雅樹にたまらず言った。
「児玉さん、少しの間、夏海を頼んでもいいですか」
「ええ、もちろんです」
綾乃がそう答えると、悪いね、と手刀を切り、克彦は雅樹の腕を取ったまま部屋を出た。