「愛してる」、その続きを君に
第6章━渚━
一人の若い男が、寂れた町の駅に降り立った。
潮風が出迎えてくれるだけで、他には誰もいない。
男は大きなバッグを肩に担ぐと、帽子を目深にかぶった。
きっと海岸から風で運ばれてきたのだろう、アスファルトの上をうっすらと覆う砂を新しいスニーカーで踏みしめた。
途中、見覚えのある一軒の平屋の前を通った。
無意識のうちに彼はウィンドウブレーカーの襟元を立てて、顔を埋めた。
幸いにも丘の上の目的地まで、町の人間に会わずに来ることができた。
この界隈では洒落たつくりの、2階建て一軒家。
なのにその壁には赤や青の塗料で「人殺し」「出ていけ」という文字がところどころ消えかけているものの、読み取れた。
彼はそっと門扉に手をかけた。
錆び付いた太いチェーンが幾重にも巻き付けられ、訪れた者を拒んでいた。
何度か門扉を揺らすもびくりともしない。
仕方なく彼は辺りを見回した。
庭には雑草が生い茂り、好きだったオリーブの木は枯れてはいないものの、枝が延び放題でだらしない印象を与える。
そして表札があったのだろう、、そこだけ壁面が窪んだ箇所があった。
長い指がそっとそのくぼみに触れた。
ここにはある一家が住んでいた。
両親と姉弟の4人家族。
町一番の美人と評判の姉。
いつもいい加減だけどしっかりした恋人に恵まれた、要領のいい弟。
平凡でも幸せだったのに、それを壊してしまったのは、その「弟」。
男は再び門に手をかけると激しく前後に揺らした。
ガチャガチャと鈍い音をたてる鎖。
「くそっ!」
彼はとうとう蹴りを入れた。
金属同士のぶつかり合う音がするも、結果は先程とは変わらなかった。
鼻の頭に皺を寄せて、もう一度くそっと呟いた時、「やっぱりここに来ると思ってたよ」と声をかけられ、彼はギョッとした。