「愛してる」、その続きを君に

「辻本くん!」


甲高い女の声がふたりの間を割いた。


雅樹の拳が、信太郎の顔すれすれに落ちてくる。


「やめて、辻本くん!」


砂を踏みしめる音に、信太郎は目をあけた。


「…綾乃?」


彼女は馬乗りになる雅樹の肩にそっと触れると、散らばった封筒を広い集め出した。


雅樹は下唇を噛んだまま立ち上がり、そんな彼女を見ていた。


「なんでここに」


そんな信太郎の問いにも答えず、綾乃は黙々と封筒を拾っては手で砂を払い落として行く。


信太郎もゆっくりと立ち上がった。


顔を隠すためにかぶっていた帽子を拾うことも、まして足や背についた砂を払う気持ちの余裕すらも今の信太郎は持ち合わせていなかった。


「なあ、綾乃…」


「夏海さんはもういないわ」


彼の声に重なるように返ってきたのは、抑揚のない声だった。


もう、いない? 信太郎はその言葉を胸の内で復唱する。


「どういうことだよ」


「どういうことって…信太郎のせいだろ!」


落ち着きを取り戻していたかに見えた雅樹が、再び彼に詰め寄る。


「だから訊いてんだろ、どういうことなのかってよ!」


負けじと信太郎も受けてたつ。


「辻本くん!天宮くんもやめて!」


小さな身体で若い男二人を引き離すと、綾乃は信太郎に向き直った。


変わらない、人形のような整った顔立ち。


その無表情さに、彼は背筋に冷たいものを感じた。


それを必死に隠しながら、彼は訊いた。


「あいつに…ナツに何があったんだよ」と。


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