「愛してる」、その続きを君に

綾乃は言葉を発するたびに、それが矢のように信太郎の心に突き刺さっていくのを感じていた。


止めようと思えば、その口をつぐむこともできた。


しかし、彼女がそうしなかったのは夏海の最期を信太郎に伝えなければならなかったからだ。


佐々倉夏海という女性がどれほど強く、健気に生き抜いたかを、目の前の青年は知らねばならない。


そして、どれほど強く想ってくれていたかを、彼は知らねばならない。


「お誕生日の前日だったわ、亡くなったのは」


そこまで言うと、信太郎はうつろな瞳のままその場に崩れ落ちた。


雅樹と綾乃はそんな彼をただ見つめる。


視点の定まらない彼はかすれた声を発した。


「…苦しんだのか?」


「え?」


「ナツは苦しんで逝ったのかって訊いてるんだよ!」


そう叫びながら、彼は両手で砂をかき乱した。


まるで自らの心をかきむしるかのように。


「すごく、穏やかできれいな顔してたよ」


綾乃の代わりに答えたのは雅樹だった。


「ね、児玉さん?」


同意を求めてきた雅樹に、彼女も相槌をうった。


信太郎がうつむいたまま砂を握りしめた。


肩が小刻みに震えている。


ふいに、海からの風が波とともに砂浜を駆けた。


その風に乗って、再び夏海の手紙が蝶のように舞った。


「…ナツ」


信太郎が目でその様子を追う。


「待てよ、ナツ」


彼は立ち上がって舞い上がる手紙に手を伸ばす。


あちらにもこちらにも白い蝶は気ままに舞う。


「待てよ!」


それを追う信太郎をまるで挑発するかのように砂が足をとり、彼は膝をつく。


必死に散らばった便箋を広い集めるそんな彼の様子に、綾乃はいたたまれなくなり目を反らした。


そして隣の雅樹を見やる。


彼は綾乃とは違い、悔しそうに信太郎をじっと見ていた。



でもその眼差し中に少なからず憐れみの念があるのを、彼女は感じとっていた。



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