「愛してる」、その続きを君に
きれいに砂を払ったつもりだったが、まだ触るとザラザラする。
彼自身も砂だらけだったが、それよりも手紙の方が気になった。
信太郎は届けられることのなかった夏海の手紙の束を抱えてひとり、坂を上っていた。
何人か町の人間とすれ違った。
見慣れない顔だ、というようなねっとりとした視線を感じたが、彼が事件を起こした天宮信太郎だということに気付いた様子はなかった。
先ほど自宅のあった丘の上に向かう途中、思わず目をそらした平屋の家。
彼はその前で足を止めた。
今にもガラガラと玄関の引き戸が開いて、「信ちゃん、おかえり」と夏海が出てきそうだ。
いや、出てくる。
きっと出迎えてくれる。
死んだなんて嘘だ、彼は自分にそう言い聞かせると、古びたインターホンに手を伸ばした。
その瞬間、ガラガラッと勢いよく玄関が開いた。
思わず「ナツ」と彼は口走っていた。
だが、すぐに唇を噛む。
そこには目を見開いた克彦が立っていた。
夜勤に出るところなのか、作業着の上にすりきれたジャンパーを着ている。
彼らは無言のまま立ち尽くした。
克彦が肩にかけていたバッグを落とす音が聞こえたと同時に、胸元が締め上げられる感覚が彼を襲った。
信太郎の顔の前には克彦の真っ赤に充血した目があった。
「おまえ…」
そうつぶやくと夏海の父親は、彼を睨みつけた。
「すみません」そう返すのが精一杯だった。