「愛してる」、その続きを君に

「償ってなんかいませんよ。これからです、本当の償いが始まるのは。被害者の家族や、俺の家族、そしてナツやおじさん…」


「もう言うな。もう俺たちのことは言わなくていい」


辛そうに克彦は目を閉じた。


「俺、武ばぁの墓の前で誓ったんです」


「ばぁさんの?何を?」


信太郎は一息つくと、姿勢を正した。


「ナツを嫁にくださいって」


克彦が動揺しているのは一目瞭然だった。


「今だってその気持ちに変わりはありません。だからおじさん…」


「…迷惑だ!いまさらそんなこと言われても!」


「おじさん!」


「言うな!それ以上言ったら、またぶっ飛ばすぞ!」


震えるこぶしを振り上げながら、克彦は立ち上がった。


だが信太郎も足にすがりついた。


「おじさんの気がすむまで殴ってもらっていい!だけど、俺は」


「うるさい、うるさい!!」


彼は信太郎に続きを言わせようとしない。


「俺は」


「もう言うな!言わないでくれ」


信太郎は克彦のこぶしを両手で包み込むと、強く握り締めた。


「ナツが好きです!俺にはあいつしかいない!今も昔も!」


まるでこだまするかのように、信太郎の言葉は響いた。


余韻が消えると同時に、克彦は力が抜けたようにその場に座り込んだ。


「…なぁ、信ちゃん。今も昔もって言ったけど、じゃあ、この先はどうなんだ?何年も何十年先も夏海のことだけを想って生きてゆけるのか?」


克彦のこぶしを包んでいた信太郎の手から、力が抜けた。


「悪いことは言わない、夏海のことは忘れろ。信ちゃんだってこれから先、好きな人もできるだろうし結婚もするだろう。あいつのことを引きずってちゃ、幸せになれない。そう言ってくれるのは嬉しいが、一時の感情だよ。夏海に対して申し訳ないという気持ちが、そう言わせてるんだ」


「違うよ」


「いいや、違わないさ。若いっていうのは、こういうことなんだよ。そのときはよかれと思っていても、何年か先、必ず後悔することになるんだ」


そう諭す克彦は遠い目をした。


信太郎は何も言えなかった。


克彦の言うことにも一理ある。


夏海をこれから先の何十年間、ずっと想い続けることなんて、果たしてできるのだろうか。


愛しても愛しても、それを受け止めてくれる彼女はもうこの世にはいないのだ。


ひとりきりの愛。


動き出さない愛。


夏海を失い、この片方だけになってしまった心のまま、自分はそんな愛に満足できるのだろうか。


「信ちゃんには信ちゃんの人生があるんだ、夏海に申し訳ないだなんて思わなくていい」


克彦の手が、そっと信太郎の方に置かれた。



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