「愛してる」、その続きを君に
「だったら戸締まりしろよ、いっつも開けっ放しでさ。あれじゃあ、まるで入ってくださいって言ってるようなもんさ」
男が笑いながら、彼にコーヒーを差し出す。
「盗られるもんなんてないからな。それよりさ、式は昼からだろ?来るのがちょっと、いや随分早くないか?」
ちらりと時計に目をやる信太郎に、ふたりは顔を見合せ照れ臭そうに笑った。
「そうなんだけど、なんだか家でじっとしてられなくてさ。まあ、いいだろ、なあ?のぞみ」
のぞみと呼ばれた少女は真顔で頷くと「信太郎はお寝坊すぎだよね」と頬を膨らませた。
「今日はお父さんとお母さんの結婚式なんだから、早起きしてよ」と続けた。
「はいはい、悪かったね」コーヒーを一口すすると、彼はのぞみの頭を撫でた。
ここは豊浜で唯一の教会。
天宮信太郎が神父を務める。
小さな木造の教会の隣に、これまた小さな丸太づくりの小屋がある。
それが今の信太郎の生活空間だった。以前住んでいた家屋を改造したのだ。
今日はその教会で彼の親友の結婚式が行われる。
「よくもまぁおまえのおふくろさんが、俺の教会で式をあげることを許してくれたな」
信太郎が肩をすくめてそう言うと、細いフレームの眼鏡をもちあげながら目の前に座った親友は答えた。
「母さんは関係ないよ」
それを聞いた女は笑みをたたえたまま、サラダを手際よく皿に盛る。
「今ごろ反抗期ってわけか」
くっくっと笑う信太郎に男も笑う。
そこで女が言った。
「そうね、まさに反抗期ね。大学病院をやめてここの診療所で僻地医療に携わりたいって言った時も、お義母さんったら、卒倒しそうだったもの。ねぇ雅樹さん」
思い出したようにふたりは声を出して笑う。
「信太郎にも見せてやりたかったよ。なぁ、綾乃」
「ほんとに」
笑いあうふたりを見て、信太郎は視線を窓の外へと流した。