「愛してる」、その続きを君に
「天宮くん」
ふいにかけられた声に顔をあげると、小柄な綾乃が申し訳なさそうに首を傾げた。
「ごめんなさい、何か考え事してた?」
「いや、大したことない」
「そう?そんな顔じゃなかったけど。本当は夏海さんのことを考えてた?」
ズバリと言い当てる綾乃に、彼は「ピンポン」と肩をすくめた。
「さすがだな、綾…いや君は」
信太郎がそう言うと、彼女は笑いながら「いいわよ、綾乃で」と返す。
「それはまずいだろ、雅樹の奥方さまに」
一通り笑いあうと、信太郎は微笑みをたたえたまま、空を仰いだ。
「君はすごいな。雅樹のために勉強をし直して、看護師の免許をとるなんてさ」
「そんなことないわ。私にできることって、それくらいしか思い付かなかっただけ」
綾乃は首を横に小さく振る。
「いや、本当にすごいよ。あいつが大学病院に残ってたなら、君はきっと教授夫人になれただろう。でも雅樹はここに戻ってきた。しかもこんな過疎のすすんだ港町に。そんな旦那を支えたいと、小さな子どもがいるのに看護師の資格をとるなんて、並大抵の努力じゃできない」
綾乃は信太郎と同じように天を見上げた。
「それは夏海さんのおかげかもしれないわね」
「ナツの?」
信太郎は思わず彼女を見た。
光のせいか、あの瞳が今日は深い緑に見える。
「夏海さんに出逢わなければ、私は雅樹さんにも出逢わなかった。夏海さんの最期を看取らなければ、私は一生誰かの役に立ちたいとは思わなかった」
芯の通った声ではっきりと彼女はそう言った。