「愛してる」、その続きを君に


いつものカフェで綾乃を待っている間、信太郎は彼女の父親から渡されたK大工学部の資料を見ていた。


入学試験の偏差値や、学部の特色、研究の成果、果ては卒業生がそんな企業に就職しているのかまでも事細かに記されている。


できることなら、こんなところで学べたらどんなにいいだろう、正直な気持ちだ。


しかし学力や金銭面の問題など、立ちはだかるハードルの高さを目の前にした時、どうしてもしり込みしてしまうのだ。


「いらっしゃいませ」という店員の声に顔を上げると、綾乃がキョロキョロと店内を見回し、信太郎を探している。


店の男性客は全員といっていいほど、綾乃をちらちらと見ている。


それほど男を惹きつける美しさを彼女は持っているのだ。


信太郎は慌てて資料を片付けると、軽く手をあげて合図を送った。


彼女の華やかな笑顔が向けられた方を、つまり自分を周りの男性客たちは見る。


綾乃にふさわしい男であるのか、値踏みされているような視線を受けていることに信太郎自身
あまりいい気はしない。


「ごめんなさい、遅くなって。進路指導があって…」


綾乃はそう言いながら、軽やかに席につく。


「どうするの?大学」と当然話の流れからして、信太郎は訊く。


「エスカレーター式だから、そのまま進級って感じで大学生かな。ところで、天宮くんは?やっぱり天文系?」


「さぁ、どうかな」


彼はぬるくなったカフェオレのカップに手を伸ばす。


「お父さんのいる学部なんてどう?お父さん、天宮くんのこと気に入ってるし、ゼミに入ればきっとかわいがってくれるわ」


嬉しそうで、どこか期待したような綾乃の顔に、信太郎は伸ばした手を引っ込めた。


「ね?そうしたら?」


彼氏が自分の父親とつながっていてほしい、特別な関係であってほしい、そんな彼女の気持ちがわからないでもなかった。


しかし、綾乃に対してはいつも優しく丁寧な信太郎が、どういうわけかこの時ばかりは珍しくきつい口調になった。


「先生の学部は俺が勉強したい分野とは、少し違うから」


そんな彼の様子に、明らかに落胆した綾乃はとまどったように「…そう」とだけ答えた。


気まずい雰囲気の中、彼女は取り繕うように「あ、私、ココア買ってくるね」と財布を片手に席を立つ。

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