「愛してる」、その続きを君に
「ありがとう、嬉しいよ」
信太郎は片手でそれを受け取ると、かばんに入れた。
その時は、ホワイトデーは覚えておかなくちゃな、と思っていたのにこのザマだ、と内心舌打ちをする。
1ヶ月前がそうであったように、今の街並みはホワイトデー一色だ。
なんで気がつかなかったのか、自分が腹立たしい。
『お返しはね、駅前のケーキ屋さんのマカロンがいい』
そう言えば、今まで3月に入ると顔を合わせるたびにそう催促されていたおかげで、忘れたことなんてなかった。
そんなことを考えている間に、信太郎と綾乃は駅の改札口に着いた。
もう正直に言うしかない。
「あのさ、俺…」
立てた前髪をつまみながら、信太郎は気まずそうに切り出した。
すると、「いいのよ、期待してないから」という意外な言葉が返ってきた。
「え?」
「何も期待してないから」
小首を傾げて、くすっと笑うと、綾乃は続けた。
「友達の彼氏がね、男子校に通ってるんだけど、ホワイトデーのこと忘れてたんだって。学校であんまりそんなこと話さないからつい…って。さっきからの様子を見てたら、きっと天宮くんもそうじゃないかなぁって」
参ったな、と呟くと信太郎は鼻をかいた。
「なんでもお見通しだな」
「うん」
「俺、ほんっとにダメなやつだよなぁ」
「ホントね」
両手をポケットに突っ込んだまま、彼は天を仰ぎ、笑った。
「ホワイトデー、一日遅れてもいい?」
そう訊ねると、日によって色の変わる不思議な綾乃の瞳が、一瞬キラリと光ったような気がした。
「もしお返ししてくれるのなら、今日でなくっちゃだめ」
思わぬ返答に、またしても信太郎は「今日?厳しいなぁ」と苦笑する。