「愛してる」、その続きを君に
「欲しいものある?」
「ううん」
「じゃあ食べたいものとかは?」
「お腹いっぱいなの」
いたずらっ子のような顔で綾乃は首を横に小さく振る。
何も思いつかない信太郎は、とうとうおどけて
「ではいかがいたしましょうか、お嬢さま?」と幼子をなだめるように背の低い綾乃と目線を合わせる。
時折見せる、彼女の整った顔立ちが織り成す「無表情」。
それは何かを考えている時のものなのだと、最近になって彼は気付いた。
「お嬢さま?」
返事を促すように信太郎が彼女をのぞきこんだ時だった。
「キスして」
突然の言葉に、信太郎の笑みが一瞬強張る。
「ここでキスして」
綾乃はあの瞳で彼を見据えている。
彼はゆっくりポケットから手を出すと、再び空を仰いだ。
「…今?」
「今」
「ここで?」
「そう、ここで」
間髪入れない返事に、彼女の真剣さが伝わってくる。
何をためらうことがあるのだろうと、彼は自問する。
キスなんて、付き合っていれば当然のことだ。
ならばどうしてこんなに悩むのだろう。
人目か?それとも…
信太郎は綾乃を見つめ返した。
心が大きくざわめき、波立った。