「愛してる」、その続きを君に


「はい、これ。今日ホワイトデーだから」


発車を待つ電車のボックスシート。


向かい側に座った雅樹が差し出した深い青色の包みに、夏海は目を丸くした。


「あ、そっか、そっか。今日だったね、ありがとう」と言いながら、恭しくそれを受け取る。


「いつもみたいにお返しのリクエストがないから、選ぶの大変だったよ」


雅樹が腕組みをして恥ずかしそうな顔で言った。


だって今日がホワイトデーだなんて忘れてたから…と夏海は胸の内で言い訳する。


ずっと、父の克彦、雅樹、信太郎の3人にチョコレートを渡してきた。


克彦はナッツ入りのチョコが好きで、雅樹はホワイトチョコが好き。


信太郎は毎年好みが変わるので、リクエストしてもらっていた。


けれど、去年も今年も3人分のチョコレートを用意していたにもかかわらず、彼だけには渡せなかった。


「開けていい?」


「だめだよ、家に帰ってからにして」


「ケチ。でも開けちゃうもんね」


「こら」


呆れたように、雅樹は夏海の革靴を軽く蹴る。


しかし、彼のそんな顔はどこか満足げだった。


「わぁ、すてき」


夏海はベージュの手袋を取り出すと、早速指を通していく。


「なっちゃんのそのマフラーと同じ色だったからさ。もう春だから出番もないと思うけど、次の冬に使ってよ」


「うん、ありがとうね」と手袋をした手を胸元に当てる。


「ほんと、このマフラーに合うね。セットみたい」


雅樹は嬉しそうにはしゃぐ彼女を様子を見ていたが、ふと窓の外に目をやった瞬間、珍しく眉間に皺を寄せた。


「ありがとね、マーくん」


「あ、いや、気に入ってもらえてよかったよ」


ぎこちない笑みでそう返すも、彼はこの時電車が速く出発してくれるようにと、ひたすらそう願っていた。
< 78 / 351 >

この作品をシェア

pagetop