「愛してる」、その続きを君に
「はい、これ。今日ホワイトデーだから」
発車を待つ電車のボックスシート。
向かい側に座った雅樹が差し出した深い青色の包みに、夏海は目を丸くした。
「あ、そっか、そっか。今日だったね、ありがとう」と言いながら、恭しくそれを受け取る。
「いつもみたいにお返しのリクエストがないから、選ぶの大変だったよ」
雅樹が腕組みをして恥ずかしそうな顔で言った。
だって今日がホワイトデーだなんて忘れてたから…と夏海は胸の内で言い訳する。
ずっと、父の克彦、雅樹、信太郎の3人にチョコレートを渡してきた。
克彦はナッツ入りのチョコが好きで、雅樹はホワイトチョコが好き。
信太郎は毎年好みが変わるので、リクエストしてもらっていた。
けれど、去年も今年も3人分のチョコレートを用意していたにもかかわらず、彼だけには渡せなかった。
「開けていい?」
「だめだよ、家に帰ってからにして」
「ケチ。でも開けちゃうもんね」
「こら」
呆れたように、雅樹は夏海の革靴を軽く蹴る。
しかし、彼のそんな顔はどこか満足げだった。
「わぁ、すてき」
夏海はベージュの手袋を取り出すと、早速指を通していく。
「なっちゃんのそのマフラーと同じ色だったからさ。もう春だから出番もないと思うけど、次の冬に使ってよ」
「うん、ありがとうね」と手袋をした手を胸元に当てる。
「ほんと、このマフラーに合うね。セットみたい」
雅樹は嬉しそうにはしゃぐ彼女を様子を見ていたが、ふと窓の外に目をやった瞬間、珍しく眉間に皺を寄せた。
「ありがとね、マーくん」
「あ、いや、気に入ってもらえてよかったよ」
ぎこちない笑みでそう返すも、彼はこの時電車が速く出発してくれるようにと、ひたすらそう願っていた。