「愛してる」、その続きを君に


そんな彼に、雅樹は乱暴な動作からは想像もつかないほど弱々しく、懇願するように言った。


「もうやめてくれないかな、カノジョと駅前でイチャつくのは…」


心当たりがあるかのように信太郎は眉をひそめたが、「何のことだよ」ととぼける。


無言のまま雅樹が胸元の手に力を入れると、その圧迫感に信太郎は顔を歪めた。


「なんで雅樹にそんなことを言われなきゃいけないんだよ」


夏海のことを気にかけて言ってることくらい容易に想像できるが、彼はわざとそう言った。


「頼むよ、あの駅前だけはやめてくれないか。他の場所ならおまえらが何をしようがかまわない」


見られたのだ、綾乃とのことを。


夏海もきっと見たに違いない。


でも、当然だ、あんな人通りの多いところでキスをしたんだから、と信太郎は半分開き直った気分になった。


「いいだろ、別に」


「頼むよ…」


雅樹の苦しげな顔に、今度は無性に腹が立ってきた。


「そんなにナツが好きか」そう口をついて出てきそうな言葉をかろうじて飲み込んだ。


雅樹はいつだってそうだ。


夏海のそばにいて彼女を見つめ、悩みを聞いたり、困った時には手を差し伸べ、時折流す涙を拭ってやることもあるだろう。


夏海のために一生懸命になれる。


胸を張って、彼女に好きだという資格を持っている。


それが悔しい。


それが信太郎にはできない。


自ら手離してしまった恋を後悔しても始まらないが、この気持ちは行き場もなければ、ぶつけるところもないのだ。

< 80 / 351 >

この作品をシェア

pagetop