「愛してる」、その続きを君に
第2章━泳━
4月、高校2年生になった夏海は、希望していた通り理系クラスで新しい学年を迎えていた。
1年生の時に担任だったごま塩こと、山下がとうとう実家の寺を継ぐのではないかという噂が飛び交い、ちょっとした話題になっていた。
しかし、噂は噂、またしても夏海のいるクラスの担任となったのだ。
「2年連続、ごま塩かぁ」と始業式の日に呟いた夏海に雅樹が大笑いしたのは、もう3ヶ月も前のことになる。
季節は梅雨の終わりに近付いていた。
雨の豊浜駅のホームに、いつもと同じ時刻に、いつもと同じ顔ぶれが電車から降り立つ。
だが、今日は違った。
いつもは一本早い電車で帰ってくる夏海が、今日は進路指導のために遅くなってしまったのだ。
A駅18時20分発の電車にもギリギリなくらい、担任の山下は熱心に進学を勧めてきた。
正直、今は大学なんてどうでもいい。
このまま卒業して、豊浜で就職して…
父はその言葉を忘れてくれと言ったが、でも夏海はそれでもいいと思っている。
しかし、なまじ成績がいいと、公立でも県内で一、ニを争う進学率の花田高校としては、夏海に大学受験を勧めずにはいられないのだろう。
「もう!遅くなっちゃったじゃん!」
担任のごま塩に対して苛立ちを感じながら、濡れて滑りやすくなった駅の階段を駆け下りる。
豊浜行きの電車に足を踏み入れた途端、がたついた音をたて、扉が閉まった。
「セーフ…」
ふぅ、と息をつき傘を丁寧にたたむと、空席を求めて車内を見回す。
午後6時を過ぎるとさすがにサラリーマン風の人が目立つものの、豊浜行きの電車だけあって、帰宅ラッシュというには程遠く、ちらほらと席は空いている。
今いる場所から一番遠いボックスシートの窓際が空席なのを見つけ、夏海は揺れる車内をうまくバランスを取りながら移動した。
進行方向と逆向きに座るのはあまり好きではなかったが、疲れていたのでそんなことは言っていられない。
とにかく窓の外が、海が見たかった。
雨でぼやけた海でも、家へと続いているのだと思えば、この苛ついた気持ちも落ち着くはずだ。
時々よろけながら、傘を杖がわりに彼女はその席を目指した。