「愛してる」、その続きを君に
建ち並ぶビルがまばらになり、車窓はどんより雲が立ち込めた空と海へと変わる。
信太郎も冴えない表情で窓の外を眺めていた。
夏海と同じ空間にいる気まずさ。
全ては自分の蒔いた種なのに、まだ割り切れずにいる。
今日の綾乃との会話が蘇る。
『ね、天宮くんのこと、信ちゃんって呼んでもいい?』
『え?なんで急に?』
思わずそう言ってしまってから、まずかったな、と彼は思った。
『だっていつまでも天宮くん、はおかしいじゃない?』
彼女の言葉の端々から、付き合ってるんだから、という思いが伝わってくる。
『まぁ…そうだけど、でもなんでその呼び方?』
『信太郎くんって言うのもなんだか仰々しいじゃない?それに私、呼び捨てっていうのは好きじゃないのよ。だから…』
『……』
『ダメ?』
首を傾げた綾乃はとてつもなくかわいい。
男ならたちまちその姿に参ってしまうだろう。
そのことを彼女はやはりわかっていない。
綾乃はそんなに計算高い女ではないのだ。
だからこそ、こういうときには余計に慎重にならなければいけない。
触れるとすぐに壊れてしまいそうな彼女を傷付けないために。
『でもさすがに、ちゃん付けは恥ずかしいな』
『じゃあなんて呼べばいい?』
『さっきの以外なら何でもいいからさ。決まったら呼んでみてよ、俺のこと』
『うん、わかったわ、考えとく』
雨が描いた筋が幾本も窓に走る中に、綾乃のその時の嬉しそうな顔が浮かんでは消えた。
その隣に、信太郎の考え込んだ顔が映る。
彼も夏海と同様に目を閉じ、電車の小刻みな揺れに身を委ねた。