「愛してる」、その続きを君に
二人は別々のドアからホームに降り立った。
その頃には雨は風を伴って、傘をさすのもやっとだった。
早足に改札を抜け、淡いブルーの傘を開く夏海の後ろ姿を、信太郎は複雑な心境で見つめる。
駅から彼の家に向かう途中に、佐々倉家はある。
そこを通る時には、いつも開けっ放しのキッチンの窓から夕飯の匂いとともに、夏海と武子の声が途切れ途切れではあるが聞こえてくるのだ。
それが聞きたくて、彼は少し歩みを緩めてしまう。
今日はそれが聞こえないだろうな、そう思いながら彼もまた無人の改札を夏海に続いて通り過ぎた。
携帯電話で時間を確認しながら、夏海は緩やかな坂を駆け上がった。
こういうときに限って雨、ついてない。
スカートに泥水が跳ね上がらぬように気をつけながら、彼女は家路を急いだ。
進路指導が始まる前に、祖母の武子には遅くなる旨を電話で伝えると、「気にしなくていいから、気をつけて帰っておいで」といつものように優しい声が返ってきた。
武子が家事全般を引き受けてくれているが、夏海だって何もしないわけにはいかない。
最近は目眩がすると、武子は言っていた。
それによく膝をさすっている姿を見かける。
きっと痛むのだろう、祖母の部屋に湿布の匂いがかすかに漂っているのを彼女は知っている。
雨水が革靴の中にまで入って、足の指先が徐々に濡れてくる不快感に顔を曇らせながら、夏海は小走りに家へと向かった。