「愛してる」、その続きを君に
信太郎は夏海が数分前に通った道を辿るように、坂道を上っていた。
ただでさえ暑いのに、雨が降るとますます蒸す。
白いカッターが背中に張り付くのを感じ、嫌気がさす。
ズボンの裾もびしょ濡れだ、ふと足元に目をやった時、前方でビチャン!と重たいものが水溜りに落ちるような音がした。
薄暗いその先を、目を凝らして見てみる。
そこには傘もささず、道の真ん中で座り込む人影があった。
何やら慌てた様子で落としたものを拾おうとする。
小さな四角い光で、それが携帯のディスプレイだとわかった。
しかし、その人影は何度も携帯を拾っては落とし、拾っては落としを繰り返す。
まるで生きた魚を必死につかまえようとする姿に見えた。
「ひっ…ひっ…」としゃくりあげながらのその様子が、あまりにも異様だ。
「…ど…しよ…誰か…」
不審な目でその様子を見ていた信太郎。
彼の耳にその人影の声が届いた瞬間、彼は水溜りの中で震える人物に向かって駆け出していた。
傘が邪魔で、投げ捨てる。
「ナツ!!」
「ひっ…」
ずぶ濡れの彼女は、恐怖におののいた顔つきで呼ばれた方を見た。
「どうした!何があった!?」
夏海の肩を揺さぶりながら、問いただす。
「ナツ!」
彼女の手から携帯が黒い濡れたアスファルトに滑り落ちた。
雨が次から次へと容赦なく打ち付けてくる。
夏海の唇が小刻みに震えるのを見て、彼は開けっ放しの佐々倉家の玄関を振り返った。
「信…ちゃ…」
怯えた瞳が彼に向けられると同時に、信太郎は夏海をそのまま彼女の家に飛び込んだ。
靴を脱ぎ捨て、手前の部屋から順にのぞいてゆく。
キッチン、リビング、トイレ、洗面所、夏海の部屋を見たところで、足が止まった。
なぜなら、一番奥の部屋のふすまが中途半端に明けられていることに気付いたからだ。
嫌な予感を胸に抱きつつ、先ほどとはうってかわって、静かにそしてゆっくりとその部屋へと向かう。
ごくり、と喉を鳴らして、信太郎はそのふすまに手をかけた。