箱庭ラビリンス


「兄ちゃんは凄くピアノが上手くて、人を楽しませて、皆から天才だなんて言われてた。俺はそんな兄ちゃんが自慢で、同時に疎ましく思ってた」


あ……。


ふと、現れる小さな男の子。


『聴いても楽しいものじゃないと思うよ』


そう彼は言っていなかっただろうか。きっと彼が感じていたのは劣等感。


思い出す。記憶が掘り起こされる。欠けたピースが埋っていくよう。


「父さんは厳しい人で、兄ちゃんみたいに出来ない俺を叱った。だからピアノなんか嫌いだった」


『ピアノは嫌い。嫌いだから、そんなふうに思ってくれてもいい音にはならないんだ』


言っていた。沈んだ表情もようやく思いだせてくる。


「あまりにも酷く叱るから、見兼ねた母さんは子供を選んで父さんと別れた。――それから暫くして桐谷の姓になった」


「――……」


……彼と私は似ている。けれど、違う。



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