百物語
「多分タイプ的に影に追いかけられて飲まれる感じだろ?お姉さんに憑いてるのは。そのタイプなら、逃げても隠れても無駄なのはお姉さんがよーくわかってるはず。だから…」


スッと私の目の前まで来た奴が耳元で囁く。


「返事をしたり、声を出さないこと。とにかく音を出さないこと。触るのもなるべくNG」

「ハッ…?音を出さない…だけ?」

私はうまく思考が出来ず、ゆっくりと動くことしか出来ない首を奴に向ける。


どれだけ必死に逃げたってダメだったのに音を出さないだけで本当に終わるとは思えなかった。


「そっ。要は見付かってるから逃げられないんだ。だからバレなきゃいーんだ。OK?」


「音を出すことが…見付かるってことになんのか…?隠れても…無駄だったのに…?」


呂律さえ回らない状態で、それでも必死に口を動かして聞くと微笑した奴は何故だか楽しそうに話続ける。


「いーい?お姉さん。相手は影の夢魔だ。視力は良くないんだ。そんな奴がどうやってお姉さんに付きまとうと思う?」


「どうやって…?」

これ以上回らない頭では考えても考えられなかった。

俯く私の顎を奴がクイッと上げる。


顎クイってやつだな。


「それはね…お姉さんの出す音を聞き分けてるから。目が見えない奴はその分耳がいいんだ。だから、走る音、乱れる呼吸音、扉を開ける音…それを頼りに居ってくる。だから、音を出さなければ気付かれることはないんだよ」

虚ろであろう私の目が奴をとらえる。


血のように紅い奴の目は不思議と目をそらすことが出来ないような魅力を感じた。


「そしてもうひとつ…万が一音を出して気付かれてしまったときは…絶対に声を出してはならないよ」


「声…?」


「そうそう。いくら音がしたと言っても視力が悪い奴はお姉さんだと認識出来ない。だから、返事をさせようとしたり、悲鳴をあげさせようと色々やってくると思うけど、その時に絶対に声をあげちゃダメだよ。ここまで深く憑かれてるし、奴はだいぶお姉さんの魂の深部まで入り込んでると思う。だから、剥がすなら今夜しかチャンスはないと思うよ。もし、出来なかったら…」


「食われる…んだな」


「正解。まっ、お姉さんが死にたいのなら声を上げればいいけど、そうじゃないなら俺がいったことを忘れずに行動するんだね」


「1回で諦めて…くれるのか?」


「諦めるよ。こういうのは、継続的にしないとはじめからになるから、面倒になってどっか行くよ」


今夜の私の行動1つで…全て終わるんだ…。


あの悪夢から…解放される。


上を向かせていた奴の手が、私から離れていく。


「対処法は教えたよ。後はお姉さん次第だから」


「じゃっ、頑張ってね」


ニコリ笑った奴はそのまま夕日の方へ歩いていった。


「……ちょっとーーあれ?」


少し目をそらした隙に奴の姿はなくなっていた。

今思い返すとおかしいんだが、私はまた元来た道を戻った。


音を出さないで…絶対に声を出さない…か。


それだけで、あれから解放されるんだ…。


相変わらずうまく思考が出来ないまま私は家に帰った。


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