太陽と雪
未練

変わらない朝

……近くに、倒れている人が。
季節にそぐわない、黒いスーツ姿。

スーツのポケットのエンブレムは、紛れもなく宝月家の執事であることを示している。

駆け寄って、声を掛ける。

「ち……ちょっと……藤原……?
目を開けなさいよ!

……藤原っ!!」


どんなに話しかけても応答がなく、ぐったりとしている。
彼の周りに広がるのは、血の海。


「藤原っ!」


「彩……お嬢様……」


握っていた藤原の手からは、温もりが伝わらなくなっていた。

……そこで、目が覚めた。

……また、あの夢か。
何回目だろう。


部屋の窓から差し込む強い朝日に目を細めながらも、ベッドを覆うカーテンを開ける。

そこで突然、ドアが開いた。


「彩お嬢様。
お目覚めですか?」


そう言いながら入ってきたのは、私の執事、矢吹。


「ちょっと……今から着替えるところなの!
入って来ないでよ……この変態執事!」


手近にあったクッションを、執事に向かって勢いよく投げつけた。


「彩お嬢様。
そのようなワケにはまいりません!

人間は着替えているときがかなり無防備なのでございますよ?

私は……彩お嬢様の身に何かあったらと思うといてもたってもいられないのです。
お判り頂けましたか?」

「わかったわよ、もう!
……でも、着替えている間は後ろを向くとかしてほしいものね。

そんなに、私の裸が見たいのかしら」


「そっ……それは誠に申し訳ありません。
裸が見たいなど、めっそうもない。

きちんとお着替え下さいませ。
お嬢様」


言われた通りに、手早く着替える。


「もう入って大丈夫よ、矢吹」


私の方を振り向いた矢吹は、私の顔を見つめながら、懐かしそうに微笑んでいた。


「なによ」


「彩お嬢様……昔からお変わりなく、とても無邪気で純粋といいますか……」


少しはにかんだ笑顔で照れつつも私を見つめて言う。

「……矢吹。
褒めているつもりなのかしら?
……大体貴方、私が18歳のときじゃない。

この宝月家に来たの。

で……?どうしたのよ」


この…矢吹っていう執事。
私に小さい頃から仕えていた執事、藤原が不慮の事故で亡くなったから、その後任になった。

初めて会ったのは、登校中の道端、というロマンの欠片もない場所だった。


私がテスト前に仕方なく歩いて登校したときがあった。

普段は車酔いなどしないので、テスト勉強は執事の送り迎えのリムジンの中で参考書を読んでいるのだ。

しかし、この日は違った。

苦手な地理のテキストを読んでいたら酔ってしまいそうだった。

苦肉の策として、参考書を読みながら二宮金次郎像さながらに歩くことしたのだ。

すると、夢中になりすぎたのか、車に轢かれそうになった。

そこを助けてくれたのが、この男。


「大丈夫でございますか?
危なかったです。

お怪我はございませんでしたか?
……彩お嬢様」

私を助けた後、彼はこう告げた。

「申し遅れました。

私、今日から彩お嬢さまの執事をさせていただきます、
矢吹 凉(やぶき りょう)と申します。

以後、お見知り置きを」


まるで王子様みたいに颯爽と現れた彼。

少女漫画みたいで、ちょっとだけドキドキしたのは、私だけの秘密にしている。
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