太陽と雪
「私は、宝月彩の前執事を殺すつもりはなかったんだ……

その、高沢とかいう医師と間違えて、私は藤原と呼ばれた人を殺してしまった……

薬を服用した痕跡の残る吸入器を見て気付いた。

コイツは、患者の方だ、と。

間違えたことがバレるのが怖かった。

そうすれば、私の命も保証されないからだ。

傍らにあった執事服に包んで、近くの川原から七輪を持ってきて、火を起こし、燃やしたんだ。

練炭自殺か、焼身自殺にカモフラージュすればいいと考えた。

しかし、車は最新鋭。

一酸化炭素を検知すると、自動的に窓とドアの鍵が解除される仕組みとなっていたとのこと。

俺は、そんな仕掛けに気付かなかった」


「さらに、薬は、包んだ執事服のどんな高温にも耐えるという特性により、燃えずに残ります。

1回分にしては、尋常じゃない量が開封されているということが証拠になってしまった……

そういうワケですね?」

さっきまで無口だった矢吹が、口を開いた。


「信じられないっ………!

そんな理由で……藤原が殺されたなんて!

それに何で、貴方が高沢を殺す理由があるのよ」


「高沢は……昔、そこにいる女獣医師の母親が好きだった。

その言い方は正しくないな。
今も好きなんだよ。

たまに会ってる。

それが許せないんだ。

仲良さげに昔の話とかして……。

俺は蚊帳の外だ。
それがムカつくんだよ」




「バカらしいわよ!

貴方も好きなら、ちゃんと言えばいいじゃない!

そんな理由で、しかも間違って殺された藤原はたまったもんじゃないわよ!

ヘタレで意気地無しな貴方の気持ちなんて、微塵も分からないけれどね!」


「彩お嬢様……」


「そうよ。
そんな理由で、彩の大事な人を殺したなんてね。

今更ながら……なぜこんなヤツを城竜二の専属医師にしたのかしら。

自分でもよく分からなくなってきたわ!」


「美崎……さま……」



「貴方、専属医師の割にはバカね。

高沢と藤原の見分けもつかないなんて。

知り合いだったんでしょ?」

いつの間にか、頬に流れていた涙を拭ってから、腰に手を当てて言った。


「まぁ、貴方には相貌失認の気があったから間違えるのも無理はないけどね」

相貌失認と聞いて、頭の中にクエスチョンマークを浮かべた私に、矢吹が補足してくれた。

「相貌失認は、人の顔を正しく認知することができないという障害です。

正しく認知出来ない。

それはつまり、よく知っている顔、例えば両親や親友、あるいは自分の子どもを見たとしましょう。

しかし、それが誰なのか分からなくなってしまったりといったことが起こりえます。

目の前にいる人の性別や年齢でさえも全く分からなかったりする方もおります。

この方は、現に何度も会ったことがある方の顔を覚えていられないようです」

「現に、この男は常に、会った人の特徴をメモに落とし込んでいたわ。

そのメモを肌身離さず持っていた。

少なからず、高沢さんと藤原 拓未は身長も髪の色も。

襟足の感じもそっくりだったわ。

相貌失認の症状が年々ひどくなってきていたこの男が間違えるのも、ある意味致し方ないわね」

美崎がその後に続ける。



「彩お嬢様、美崎さま。

それ以上、この男を追い詰めるのはお止めください!

この男は……目的のためなら手段を選ばない男です!」


「さすが高沢。
よく分かってるじゃないか」



その専属医師の手には、スタンガンが握られていた。






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