太陽と雪
翌日、椎菜と同じ部屋にある空きベッドで目が覚めた。

「ん……」


「お目覚めですか?
麗眞さま」


屋敷でたまに聞く声。

高沢か。


「高沢?
なんで……」



医師のトレードマークである白衣を羽織りながら彼は答えた。


「麗眞さまが逆に風邪をひかれては、椎菜さまが困るでしょうと思いまして」


ニコリと微笑みながら言われる。
その笑みが逆に怖い。



「年下が意見するなんて、大きなお世話って、高沢には思われるかもだけど。

好きな人いるなら……さ。

ちゃんと気持ち言ったら?」


「麗眞さま。

世の中には、可能なことと不可能なことがあるのでございますよ。

さあ、そろそろ椎菜さまもお目覚めになる頃でしょう。

椎菜さまの朝食を持って参ります」



俺の顔を見ずにそう言うと、早歩きで病室を出て行った高沢。

寂しそうな口調が、”ワケあり”を思わせた。


これ以上、今は高沢に聞くべきではないと直感で悟った。


俺は、高沢を傷つけてしまったらしい。


仕方ない、未だに夢の世界にいる、俺だけの天使の面倒でもみるか。

「椎菜。
起きろって」

頬を指先でつついても、つねっても、起きる気配がない。


仕方ねえな……



「起きろよ……椎菜。

起きないと……どうなるかわかってるよな?」


椎菜の耳元に顔を寄せて、親父ゆずりの低い声で言ってやる。

微かに椎菜の瞼が開いた。


「ん……麗眞?」


「当たり前だろ?
俺以外誰がいるんだよ」

「ん?

お父さんとか……お母さんとか……お祖母ちゃんとか」


「まだ朝の6時だよ?
いくらなんでも、いるわけがないと思う」


「だね……」


寂しそうな笑みに、少しだけ胸が痛んだ。

ましてや、椎菜の母親はモデルだ。

モデルだけじゃない、女優業にも幅を広げて、最近は芸能人のスタイリングも手掛けている。

ここ最近も連ドラに主演しているとかで、朝からロケをしている。


「麗眞は?

あれからずっといてくれたの?
ありがとうね」


「俺は、椎菜が心配で帰っていられなかったからさ。

誰に強制された訳じゃない、自分の意思でここにいたんだから。

だから、別に気にしないでいいよ」

椎菜をそっと抱き寄せて、薄いピンク色の唇を撫でて、俺のと重ねようとしたときだった。

俺の携帯が鳴った。

……空気読め!
誰だ、こんなタイミングで電話してくる大馬鹿者は!


画面を開くと、姉さんからだ。

「悪い。

多分、絶対姉さん怒ってるから。

ちょっと出て来る」

それだけを言うと、病室を出て、携帯電話を使えるスペースに行った。

『ちょっと!
麗眞!

何してたのよ!

ママもパパも心配してたわよ?』

「ごめん。
相沢や高沢から連絡いってないのか。

椎菜が倒れてさ。
熱中症で。

ってか、姉さん。
空気読んでくれよ。
いいトコロだったのにさ」

『そうなの?
ごめんなさいね?
何か怒鳴っちゃって』

「別に気にしてない」

姉さんが俺に怒鳴るのは、今に始まったことではない。

『あ、そうそう。

麗眞に、パパから話があるそうよ。
代わるわね』


電話は親父に代わった。


『どうだ?
麗眞。

椎菜ちゃんの様子は』


「ん?
昨日よりは回復してる。

相変わらず、かなり偏食気味だから栄養状態はあまりよくないけど」


『そうか、それならよかった。

麗眞。

突然だがな。

お前、結婚する気はあるか?
椎菜ちゃんと』


「はい?

はぁ!?」


多分、俺の電話口のすっとんきょうな絶叫はナースステーションまで届いたに違いない。

そして、あまりにビックリしたせいか、電話を切ってしまった。

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