太陽と雪
病室に入ってきたのは椎菜の両親だ。

母親の菜々美(ななみ)さんは、急いで来たのか額から汗が滲んでいる。

パキッとした青のブラウスに白のセンタープレスパンツ。

アクセントとして黒いバッグとシルバーのパンプスが夏の空によく似合っている。

耳から下がるシルバーのスクエアモチーフも大ぶりで目立つ。

椎菜の私服のセンスが良いのは母親譲りなのだとよく分かる。

「椎菜?

大丈夫なの?

ロケ終わってから飛んできたわ」


「心配したんだぞ?

椎菜が無事なのか気になって、デザイナーの仕事にいつもより集中できなくてさ。

ちょうどいいから、ちょっと気分転換がてら仕事抜けて来たの」

椎菜の父親の信二(しんじ)さんは、デザイナーをしていて、数多くの有名クライアントを抱えている。

その中には宝月財閥が筆頭株主になっているところも数多いのだが。

「心配かけてごめんなさい……
お父さん、お母さん……」

素直に両親に頭を下げて謝る椎菜を、俺は久しぶりに見た気がする。

ふいに、椎菜の母親が俺に向き直って言った。

「ごめんなさいね?

麗眞くん。

みっともないところを見せちゃって。

こんなことを話したくてわざわざ来たわけじゃないのよ?」

「そうだ。

麗眞くんと椎菜にとってはものすごく大事なことだ」


大事なこと?

ごくり、と生唾を飲み込んだ。

その音が、椎菜の両親に聞こえてしまうのではというほどの静寂の末、菜々美さんが口を開いた。

「決めておいたわ。

今日からちょうど1ヵ月後。

それが、麗眞くんと椎菜の結納の日取りよ。

挙式の日取りは敢えて指定しないわ。

貴方達でよく話し合って決めなさい」


はい?


「式場とか予算に関しても、二人の希望もあるだろうから、好きに決めなさい?

何か不明なことだったり不安なことは、私たちか麗眞くんのご両親に相談なさいな」

「あの……本当にいいんですか?

俺と椎菜が結婚、なんて。

俺、まだ何も椎菜の両親に一般の家庭で言う、娘さんをくださいっていうやり取りも何も、していませんのに」

「いいのよ。

麗眞くんだから許したのよ?

何せ、私の学生時代の友人の息子だし。

幼少期からウチの娘と貴方が仲よさげに遊んでる姿を見ていてね。

麗眞くんのご両親と、密かに話し合っていたのよ。

将来はウチの娘をよろしく、ってね。

ウチの子は、貴方にしか扱えないもの」

「そうだ。

俺たちが中学の頃に繋げなかった縁が時代を超えて世代まで超えて繋がるって奇跡的だな、って思ったんだよ。

麗眞くん。
君になら、安心してウチの娘を任せられる」

「ありがとうございます。

菜々美さん、信二さん。

いえ、お義母さんにお義父さん」

「後は、好きに決めてね?

私たちは、何も口出しはしないから。

嬉しいわ、貴方にそう呼んでもらえるなんて」


「はい!
本当に、ありがとうございます」


結納の日取りや、挙式までの段取りがなぜかパワーポイントで作ってある資料。

それをベッド脇のサイドテーブルに置いて、椎菜の両親は帰っていった。

「ってことで、決めるか、椎菜。
ってか、身体大丈夫か?
無茶するなよ。

具合悪くなったら、すぐに言ってくれな」

「ええ。
決めたい。

でも、ここ、一応病院でしょ?

パソコンとか使っちゃダメなんじゃない?」

先程のやり取りで何か琴線に触れるものがあったのだろうか、椎菜の茶色い瞳からは一筋、涙が零れている。

このタイミングを見計らったかのように、相沢が声を掛けてきた。

「では、お二人の代わりに私が屋敷に戻って調べて参ります。

菜さまや麗眞坊ちゃまがご希望の条件を挙げていたたければ、何なりと」

「助かる、相沢。
頼んだよ?」

国内と海外。

挙式だけ国内で披露宴は海外、というのも憧れだが、それだと招待するゲストや俺たちの両親の負担が大きい、ということでどちらかに統一することにした。

椎菜からは海が綺麗に見えるところがいい、ということだった。

あと、せっかく記念の日なのだから、ゲストには思い切り楽しんでもらいたいため、料理の質は大事にしたい、という希望も聞いた。

「あとは、親族やゲストが泊まれるホテルがあれば、飛行機とか考えなくていいよね。

あ、ねぇ麗眞。

高校の頃の同級生も皆呼ぶなら、二次会の会場とかも押さえないとね。

皆、医師やらアナウンサーやらカメラマン、臨床心理士やらで仕事がめっちゃハードだから、こういうときだけは昔に戻ったみたいにワイワイやりたいし!」

「だな。
あのメンツを全員呼ぶなら、日取りには余裕を持たなくちゃだし」
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