太陽と雪
そういえば、椎菜が俺の家に来るのは、2年ぶりくらいだ。

すごい懐かしがってたな。

部屋自体は、変えてないのに。

ベッドと枕カバーの色とカーテンを、アラビアンナイトをイメージした薄い青とベージュっぽい色(睡蓮のような模様がある)に変えたくらいだ。

ベッドの真正面に42型液晶テレビ。

その隣に上質な木で出来た机と椅子。

その上に乗っているスタンドライトは変わっていない。

椎菜が昔よく、放課後屋敷に来ていた頃と。

というか、俺が椎菜を抱きたいから連れ込んでた、が正しいんだけど。

そんな部屋に、急にノックもせずに入ってきた人が。

「ちょっと!

麗眞……!

誰かいるの?

雨に降られたからシャワー浴びたいのに!
使用中になってたわよ?」

「なんだよ……姉さんか。

椎菜が入ってるんだよ。

この雨でずぶ濡れだったから、風邪ひかせるわけにいかないだろ。

椎菜が肺炎にでもなったら、結納の日取りにも影響が出る」

「あら、椎菜ちゃん来てるのね。

シャワールームから出たら私の部屋に来るように言ってくれるかしら?」

白地にピンクのドット柄のパーカー、リボンやハートなどがちりばめられたド派手なピンクのショートパンツを履いている姉さん。

彼女はそれだけを言って、部屋のドアを閉めようともせずにスリッパをかかとにひっかけながら階段を降りようとした。

「姉さん、危ないからスリッパくらいちゃんと履け。

な?」

急いでいるらしい。

「どっか行くの?
姉さん」


「ん?美崎がね?

話があると言うのよ。

屋敷内では出来ない話のようだから、近くのレストランで食事がてら、話を聞くの」

なるほど……

あの女か……

俺は未だに、あの美崎とかいう女が気に入らない。

なぜかは分からないが。

「とにかく、転ぶなよ?」

それだけを言い残してオレは部屋に戻った。


それから5分も経たない頃だった。


部屋の外から、ドアを遠慮がちにノックする音が聞こえる。

俺の名前を呼ぶか細いが高いソプラノトーンは間違いなく俺の婚約者、椎菜の声だ。

「麗眞?
ただいま……」


お帰りといいながら、部屋に迎え入れる。


やはりというべきか、椎菜と20センチメートル以上違う俺の服はぶかぶかだった。

寒い屋外で服の袖を無理矢理伸ばし、手をしまい込んで歩いている女子大生みたいに見える。

身体のラインを全く拾っていない。

その感じが、想像ではなく妄想を掻き立てる。

控えめに言って、今すぐ押し倒して抱きたいくらいだ。


「あ、椎菜。
姉さんが部屋来いって」

椎菜に姉さんからの伝言を告げると、彼女は足早に階段を駆け下りて、姉さんの部屋に向かった。

心からホッとした。

下手したら、本当にあのまま椎菜をベッドに押し倒すところだった。

しばらくして俺の部屋に戻ってきた椎菜は、昔のように姉さんから下着類を提供してもらったらしい。

「良かったな。
姉さんに感謝だよ」


何しろ、ノーブラだとエロいしね。

俺としては、触りやすいからノーブラの方が良かったけど。

「ねぇ麗眞。
お姉さん、美崎さんと食事してくるみたい」

「そう。
さっき聞いたから知ってる」


「麗眞……私からでもお姉さんからでも、美崎さんの名前が出ると口調が荒っぽくなるのね。
まだ気にしてるの?

あのコンテストのこと」

「悪いか?」

「悪いとかそんなんじゃない。

だけど、私は気にしてないよ?」

「そりゃ、椎菜は優勝したからな……」

「ううん。優勝したとか、してないとかは関係なくて。

お祖母ちゃんが言ってた。

あの……美崎さんっていう人は、繊細なんだねって。

だから、いろんなことをきちんと合理的に考えて判断しようとしてるから、逆に判断能力が鈍っちゃうんだって。

本当は穏やかで、気遣いができるいい子なんだって」

「椎菜の祖母に何が分かる?」

「お祖母ちゃんね、獣医の前は人間の心理カウンセラーだったんだよ。

的確に相談者の気持ちを理解する、超敏腕カウンセラーだったの。

深月のお母さんと肩を並べるくらいのね。

……だから、だからね、そうやって苦手だと思い込まないで、ちゃんと美崎さんの内面をもっとよく見てあげて?」

椎菜の口から懐かしい名前が聞こえて、顔が綻ぶのが分かった。

「……椎菜。
お前がそこまで言うなら……


機会があれば、頑張ってみる」

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