太陽と雪
そこで会話が一旦途切れた。

絶妙なタイミングで、外からドアを叩く規則正しい音がした。

「麗眞さま、椎菜さま。
私です。
高沢 輝(たかざわ あきら)です」


やっと来たか……

まあ、高沢は相沢よりははるかに空気を読む人だからな。

「入っていいよ。
オレが呼んだんだし」

「失礼致します」

接客業で客を見送る店員のように、きちんと45度の角度でお辞儀をして入ってきた高沢。

律儀だよな……

「麗眞さまから伺いました。

椎菜さま、昔肺炎になられたことがあるそうですね……

今回もその疑いがないか、だけ診察をさせていただきます。

くれぐれも麗眞さまは椎菜様のほうを見ないように、お願いいたしますね」

「チッ、分かったよ」

俺は婚約者である椎菜の裸は、この間脳裏に焼き付けたばかりなのに。

今回は宝月家専属医師の言うことを素直に聞いておこう。

「はい。
よろしくお願いします」


診察の結果、マイコプラズマ肺炎になる可能性はあるということで、要経過観察となった。


高沢の診察を終えて、捲れたスウェットを元に戻した椎菜。

片方の目だけを瞑った彼女は、口角を上げるといたずらっ子のような目で高沢を見上げた。

その目は、何か面白いことを見つけたか、宝探しで宝を見つけたあとの子供のようだった。

「椎菜……?」

「ここらで暴露しちゃいましょう、高沢さん」

何を言い出すんだ?
椎菜……

まさか、「高沢はホモです」とか言い出さないよな?

「高沢さん、藤原さんのことは解決したのにしょっちゅうフランスに行っていますよね?」

「ええ。行っておりますが。

それが何か……?

椎菜さま」

「朱音さんに会っているのではないですか?
フランスで」

椎菜のその言葉で、高沢の顔色が一瞬にして蒼白になった。

ホラー映画の主人公役ができるぞ、そのうちオファーが来るんじゃないかと思うほどだ。

「いいんですか?

朱音さんは人妻で、しかもあなたという恋人まで作って。

俗に言う不倫ですよね」

「椎菜さまが、なぜご存知なのです?」

「麗眞、理名覚えてるでしょ?
岩崎 理名(いわさきりな)

覚えている。

制服も私服も、クールにまとめていた、高校の同級生だ。

亡き母が看護師で、母の面影を追って、医師を目指していた。

難関医学部の受験も推薦で突破した、努力家な子だ。

「その理名と私と麗眞、同じ高校だったんですよ。

その彼女からの情報です。

『高沢さんがちょくちょく合間を縫って朱音さんと会っている』

そう言っていたのを思い出したので。

まあ、医学部生時代からの後輩としてかなり可愛がってもらったというのが彼女の推測ですけど。

違いますか?高沢さん」

「……!!
ホントなの?
高沢」

「たまに朱音の愚痴を聞いてやってるくらいだけど、今でもよく思い出すのです。
朱音先輩のことを」

一時期、お互いにコミュニケーションが不十分だったばかりに、距離を置いていた頃の俺と椎菜の関係。

煮え切らない感じが、その頃にそっくりだ。

他人事とは思えなかった。


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