太陽と雪
「たまに聞く愚痴が、ホントに今の夫の星哉さんについてのことばかりで、それを聞くたびに思うんだ。

オレじゃ……ダメなのか、って。

星哉さんと一緒になって、朱音さんが本当に幸せなようには見えないっていうか」

高沢の口調は、いつもの専属医師の際のそれではなくなっている。

「高沢……」

「確か、あのときのコンテストで準優勝した子よね?

その……朱音さんと星哉さんとかいう人の娘さんって」

「ええ。

さようでございます。

よくお気付きで」

「……だからなのか、高沢。

オレらがイチャつき出すとすぐに部屋を出ていくの。

自分も本当ならば今頃は朱音さんとこんなふうに過ごしていた……って思うからなんだな」

「……さすが、ですね。

麗眞さま。

お姉さまの彩さまにそっくりでございます。

人の心を読み解くのがお得意で」

「そうかな?
そんな自覚ないけど。

ま、姉さんは色恋沙汰には本当に疎いけど、俺は割と聡い方だと思ってるから。

隣に椎菜がいてくれるからっていうのも理由としてあるけど」

「……頑張れ。

高沢なら誠実だし、生真面目だし、努力家だな部分があるから。

そこを俺の親父に買われたんだろ。

いつか朱音さんも振り向いてくれるよ。

俺からはそれしか言えないけど」

「はい。

ありがとうございます。

では、私はこれで失礼致します。

万が一椎菜さまに何かございましたら、いつも通り内線でお呼びください」

「了解だよ。
ありがとう」

「麗眞……先、ちょっと寝てるね?

疲れてるの。

ごめん、今日は出来ないけど」

何を、というのは暗黙の了解だ。

少しじゃない、とっても残念だが。

俺は疲れているフィアンセを無理矢理抱くほど節操のない男ではない。

それに、昨夜あれほど抱いたのだ。

その感触も甘い声も、脳裏に焼き付いている。

「ああ。

おやすみ、椎菜」

椎菜の唇に軽くキスをする。

椎菜がよく眠れるように、部屋の電気を消してはみたものの、たまに苦しそうに咳き込む椎菜が気になった。

いつ何があってもいいように、俺は寝ないようにした。

ゴホゴホと、喉のつかえをとるかのような咳が続く。

獣医師としてのプライドを持つ椎菜は、自分が体調が悪いという事実を認めたくない傾向にある。

「ちょっと待ってろ?」

椎菜を起こさない程度の音量で、彼女の耳元で囁く。

息が荒いのも気になるな……

姉さんの部屋にそっとお邪魔して、内線で高沢を呼ぶ。

わざわざ姉さんの部屋にお邪魔したのは、電話の声で椎菜を起こさないためだ。


「高沢。

すぐ来れるか?

椎菜が咳き込んでて、息も荒い。

さっきは要経過観察だったが、本当に肺炎かもしれないから、診察頼む。

彼女は俺の部屋にいるから」

『了解致しました。

すぐに伺いますので。
それでは』

「お邪魔しました、姉さん」

それだけを言って椎菜のいる部屋に戻ろうとすると……

「あら?
麗眞?」

多少熱をもった姉さんの声がした。

息が酒気を帯びているということは、美崎さんとの食事の締めに飲んだのか。
酒弱いのによ……

声がくぐもって聞こえるのもそのせいか。

その声、いつもより色気あるから外では聞かせられないな。

そんなことを思っていると、姉さんが俺にもたれ掛かってきた。

ったく、女同士だからって呑みすぎだろ。

仕方なく、ネイビーのロングニットベストに花柄ショートパンツ、オレンジのカラータイツ、黒エナメル素材の厚底靴。

そんな服装の姉さんを軽く抱え上げてベッドまで運んでやる。

靴だけは脱がせてやって、ベッドに身体を横たわらせてやる。

そして、足早に部屋を出た。

これ以上、何か起きないうちに。




< 194 / 267 >

この作品をシェア

pagetop