太陽と雪
不吉な暗示

夢の予言

ん……

カーテンから差し込む光が眩しくて、目が開いてしまった。

薄っぺらい素材を使ったブラインドは上がっている。

シャンデリアなど何もない、殺風景な白い天井。

明らかに、宝月家の屋敷内の自室ではないことは分かった。

昨日、俺は朱音さんと、彼女と高沢との出会いについて、この病院の屋上にあるレストランで話を聞いていた。

そこに、この椎菜の病室からナースコールが入ったため、慌てて朱音さんが病室に向かった。

レストランにいたはずなのに、なんで病室で俺が寝ているんだろう。

それにしても、今は夏ではない。
秋だ。

そんな中、身に付けている着衣はびっしょりと汗で濡れていた。

……あんな夢を、見たからだ。


椎菜と俺の結婚の話が破談になる夢。

しかもそれを言い出したのは、他でもない、椎菜の両親なのだ。


「何で……何でですか……」


「お願い、麗眞くん……椎菜を責めないであげてほしいのよ。

椎菜は何も悪くないの。

こうすることが……貴方たちのためなのよ」


「そんな……ちょっと……待って下さい……!

せっかく、予定をいろいろと考えている最中ですのに!」

椎菜の両親は何も答えなかった。

ここで、俺の意識は夢から現実へと戻ったのだ。

「何で……今になって……こんな夢」


俺が力なくそう呟いた時、ほんの少し開いたドアから、椎菜が顔を出した。

「椎菜……?
どうした……?」

「あ……麗眞……
お……おはよ」

「ってか、もう大丈夫なの?

昨日は結構苦しそうにしてたみたいだから、心配したんだけど」

「肺に水が溜まっていたみたいなの。

まだ完治はしてないし、結構な頻度で苦しくなるんだけどね。

昨日の夜よりは大分マシ。

……それよりさ、何があったの?

私の隣の病室で寝てるのかは分からないけど、麗眞の方こそすっごいうなされてたよ?」

「え……そうなの?」

「うん……」

椎菜が、後ろから抱きついてきた。

椎菜の胸の膨らみが直に俺の背中に当たる。

……朝だからさ。

下半身、余計に制御できないから、このタイミングでは止めてほしかった。

こんなことを、純粋度120%の俺の婚約者に、言えるはずがない。

「ねぇ……麗眞?

私じゃ……頼りないかな?

どんな夢だったのか…話してよ……!

麗眞の力になりたいの……!」

そんなことはないから、という意味を込めて頭を撫でてやる。

とりあえず、椎菜に、深呼吸してから夢の内容を伝えようとした、その時だった。

「こらこら。

朝から婚約者同士でイチャつくかないの。

一応椎菜ちゃんも病人なんだから、なるべく心配させないでちょうだい。

肺にも負担かかっちゃうでしょ?

昨日は肺に水が溜まって、かなり苦しい思いをしたのよ?

貴方の大事な婚約者さん」

と優しく諭しながら病室に入ってきたのは朱音さんだった。

「あ、朱音さん。
おはようございます」


「おはよ、椎菜ちゃん」

「昨日より楽みたいね。

回診のついでに朝ごはん持ってきたのだけれど……食べられるかしら?」

「ふふ。
美味しそう!
頑張ってみます」

「無理は……しなくていいのよ?」


その朱音さんの気遣いにも、大丈夫です、と返す椎菜。

「朱音さん、心配しなくても大丈夫そうですよ?

椎菜は昔から有言実行の女ですから」


椎菜が朝食にありついている間に、オレは昨日のお礼を言った。


「ありがとうございます、朱音さん。
俺をここまで運んでくれたんですよね」

「そんな……お礼を言われるほどのことはしていないわ」


「だって……貴方が風邪でも引いたら困るの、他でもない、婚約者の椎菜ちゃんでしょ?」

俺はその言葉に、ほんの少しだけ頬を赤く染めつつ、朱音さんに頭を下げた。

「とにかく、ありがとうございます」

「私が運びたかったな……麗眞のこと」

そんなことを椎菜がまるでそよ風のようにさりげなく言うものだから、

さすがの俺も返す言葉に困った。

「何言うんだよ……椎菜。

ま、なるべくなら運んでもらいたかったんだけどさ。

でも……それにしたって……椎菜は細すぎるからダメだよ。

俺なんて運べないって。

とにかく、ちゃんと食え。

な?」


「うん」

俺に可愛い笑顔を向けてから、再び朝ご飯に手を付ける。

病室の時計に目をやると、そろそろ大学に向かう時間だ。
今日は公務員試験の講義なのだ。

「俺は、そろそろ大学向かうわ。
ちゃんと寝とけよ?」


「分かってるわよ」

もう27だというのに、椎菜の拗ねた表情が子供みたいで。

その可愛さに我慢できなくなった俺は、彼女の唇に軽くキスをして、病室を出た。


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