太陽と雪
遠慮がちなノックの音。


「お嬢様。

ご夕食の準備が整っておりますが、どうなさいます?

リビングまで降りますか?

私がご夕食を彩お嬢様の部屋まで運ぶことも可能ですが…」


せっかく呼びにきてくれたのに、また往復させるのは可哀想だと思った。


「いいわ。
リビングまで降りる」

寝てばかりでは、筋力が衰える。

まだ若いのだ。

きっと大丈夫。

布団を捲り、ベッドから立ち上がろうとした。

しかし。


「きゃあ!」


「彩お嬢様!?」


足元がグラついた。

病み上がりでは無理があったか。


「昔から……自分のことは何が何でも自分でやる主義でしたからね、彩お嬢様は。

ですが、体調がすぐれないときは、どうか無理をなさらず」


言いかけて、私を軽々と抱き上げる矢吹。

俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。

されるのは久しぶりで、何だかこそばゆい。


「きゃあっ!!
ちょっと……降ろしなさいよ!」

脚をバタつかせて、せめてもの抵抗を試みる。


「落ち着いてくださいませ、熱が上がってしまいますよ。

風邪をひいていらっしゃるのですから、少しは私どもに頼ってくださいませ。

そのために私がいるのですから」


「気が向いたら……そうしてみる」


「奥様は特に、体調を崩されたときは、いつもの態度が嘘のように甘えてきたそうですよ。

旦那さまがそうおっしゃっておりました。

奥様のことは溺愛されておりますからね、旦那様は」

正直言って、ママのそんな姿は想像出来なかったし、想像したくもなかった。


「ふうん……
矢吹も……

そういう……何ていうか、普段とはギャップがある人が好きなんだ?」

さりげなく、矢吹の好きな女性のタイプを聞いたつもりだった。

「そんなことはございませんよ。

彩お嬢様は、普段のお嬢様のキャラがお似合いでございます」


何それ。

私に甘えは似合わないって言ってるのと同じじゃないの!

さすがに、そんな言い方はないんじゃないかしら。

しかも、好きなタイプについては華麗にスルーされた。

勇気を出して聞いてみたのに!

少し傷ついたわ。


「彩お嬢様。
到着致しましたよ」


リビングの扉の前でそっと床に降ろされた。


もう少しだけ……矢吹の体温を感じていたかった気がした。

「ありがと、矢吹」

矢吹の服の裾を掴んでそう言った私に、少しだけ目を見開いた矢吹。

やがて、いつもの表情に戻って、言った。

「どういたしまして、彩お嬢さま。

また何かあれば、いつでもこの矢吹にご用命を」

「また、部屋に戻る時も……抱っこ……してくれる?」

「何なりと、彩お嬢さま」
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