太陽と雪

不思議な縁

気がつけば、姉さんが倒れてから5日が経っていた。

椎菜は、1週間、後輩獣医師たちと社員旅行、そして次の数週間はフランスにて学会らしい。

暇があればLINEしろとは伝えてあるから、心配はしていない。

公務員試験の講義の帰りに、相沢が運転するリムジンに乗りながら、ぼんやり考えていた。

そろそろ、城竜二美崎の後を追って、オーストリアに行くいい頃合いだ。

「麗眞坊ちゃま。
申し訳ありません。

行き先を、この近くのレストランに急遽変更いたします。

既に、奥様の名前を使い、パトカーも手配済みでございます」

「なんで?」

「レストランで、傷害事件とのことです。

男女が痴話げんかをした弾みで、相手の男性をナイフで、それもかなり深く刺してしまったようなのです」

「現場では、たまたま居合わせた奥様が指揮をとっていらっしゃいます。

高沢も。

そして、すっかりいつもの調子を取り戻された彩さまも。

お知り合いと共に、大所帯でやって来ると、矢吹から連絡がありました」

元気なのかよ、姉さん……。
心配して損した。

俺が現場に着くと、相沢の言う通り、おふくろと高沢がいた。

「あら、高沢、いたのね。

彼がいるなら大丈夫ね。

宝月家の専属医師だもの。


ママも検事なのに医師免許までちゃっかり持ってるしね。

ママが指揮をとってくれていたのはありがたかったわ」

腰に手を当てて、高飛車な口調で、高いヒールの音を響かせて現れた女性。

間違いなく、姉さんだ。

「やっと来たか。

遅いっつーの。

なぁ、姉さん?」

数日前に急性アルコール中毒で倒れたとは思えないくらい、元気な姉さんを見て、少し目頭が熱くなった。

「麗眞。

貴方までちゃんといたのね。

ホント、日本の警察は対応が遅いわ」

見ると、姉さんの後ろには、お互い、左手の薬指にリングを嵌めた、夫婦らしき女性。

その後ろには、グレーのニットに、ボルドーのスカートを履いて、黒いベレー帽を被った女性がいた。

「姉さん、誰なの、この人たち」

「いろいろあったのよ。

詳しくは、矢吹が後で話してくれるわ」

そう言われた矢吹さんは、夫婦二人と話し込んでいる。

その表情は、少し影があり、寂しそうな横顔だった。

あの、夫婦が羨ましいのだ。

主従関係もなく、普通に、自由な恋愛が出来る関係が。

そんなとき。

「矢吹!
何そんなトコで呑気に油売ってるのよ!
天野 絵美をパトカーに乗せるの、手伝いなさい!」

姉さんからの指示が飛んで、矢吹さんはそちらに向かった。

その、数分後。

姉さんの絶叫が辺りに響いた。

「矢吹……?

矢吹っ!

死んじゃ嫌ぁ!」

姉さんの声に慌てて駆け付ける。

腰辺りにナイフの刃が2センチメートルほど刺さった矢吹さんの姿があった。


「落ち着けよ、姉さん。

あれ血糊だから、死んでねぇし……」

刺さっている深さの割に、出血がひどい。

出血のほとんどを血糊でカムフラージュしているようだ。

相沢と俺で、矢吹さんを担架に乗せて、高沢に止血をしてもらうことにした。

「ふえっ……矢吹っ……

貴方まで…藤原みたいになったらどうしてくれるのよバカ!」


「落ち着けよ姉さん。
あれ、血糊だから」

泣きじゃくって煩い姉さん。

「ねぇ、なんで、あんなに取り乱したのさ、あのお嬢さま」

夫婦の片割れの男の方にそう尋ねられた。
事の次第を話してやる。

自分の執事を、2回も失ったこと。

1度は交通事故。
2度目は、殺人事件。

「懲り懲りなんだろうよ。
自分の執事を、これ以上失うのは」

「で、君は……麗眞くん、だっけ?


好きなの?
お姉さんのこと」

「皆に言われる、それ。

シスコンじゃねぇよ!

姉さんが心配なだけだ!

俺は……椎菜っていう可愛くてスタイル抜群の婚約者がいるし」

「暑苦しいくらいラブラブよ。
羨ましいわ」

まだ涙の痕が完全には乾いていない姉さんがコツンというヒールの音を響かせて俺たちのところに来た。

「心配は要りません。

矢吹さんは気を失っているだけでございましょう」

高沢の言葉に、糸が切れたように、姉さんの身体が前のめりに倒れる。

慌てて、俺が抱き留める。

耳元で、数日前に倒れたばかりなのだから無茶するなと言い添えた。

「何よもう……
矢吹まで、藤原みたいに失うのかと思ったわ」


「ね。
素直になんなよ?」

夫婦の片割れ。

またしても男の人だ。

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