太陽と雪
繋いだ先は姉さんだ。

屋敷には一応戻ったらしい。

泣きじゃくっていたのは何処へやら、いつもの姉さんに戻っている。

椎菜が心配するから、早く帰ってこいと言って聞かない。

「しかし……彩さま……」

相沢も、説得を試みる。

『私のことはどうでもいいわ。

貴方たちが気にかけなくとも、自分で何とかするわよ。

早く帰って来なさいな』

「それは無理。
姉さんのためなんだから」

『ふふ。

貴方もパパとママに似て、自分の決めたことは曲げないからね。

自分のやりたいようにやればいいじゃない。

気をつけなさいよ?

麗眞、相沢さん。

オーストリアはね、日本ほど治安は良くないから』

そんなTV電話をしていると、コンコンコンコンと外からドアを叩く音がした。

開けてみると、仲良し夫婦の片割れ、和之さんがいた。

娘である悠香ちゃんの様子を見るべく、橋本の部屋に行くと、そこはもぬけの殻だったという。

「……それ、本当だな?」

「この期に及んで嘘言うかよ……!」

TV電話で呼びかける。

繋がる先は、優秀な情報管理センターの内線だ。

「皆、このホテル周辺の監視カメラをハッキングして画像を押さえろ」

「了解いたしました。

麗眞坊っちゃま!

しかるべき場所にも、協力を要請いたしまして至急行います」

数分後に相沢から連絡が来た。

さすがは相沢だ。

仕事が速い。

「麗眞坊っちゃま。

エージェントルーム協力の元、監視カメラの映像を割り出しましたら、ベロナード家の御曹司のお姿を確認いたしました!」

「やっぱり、か。

サンキュー、助かった。

この間もお世話になったばかりのエージェントルームの人たちにも、後でお礼を言っておく」


「ベロナード家……って?」


「ん?
姉さんとの政略結婚を考えている財閥」


「相沢、車出せ。

行くぞ?

ベロナード家。

絶対、悠香ちゃんたちもそこにいる。

和之さんも、悠月さんも乗って下さい」


いつものリムジンではなくフェラーリでベロナード家へ向かった。


コンタクトをとったのは、和之さんだ。

番号は、姉さんのものを使った。

彼が、例の御曹司(姉さんの一応の婚約者)の前でピアノを演奏してやりたいと言って頼み込んだのだ。

和之さんがピアノを弾いている間、オレはホテルの監視カメラに映っていた男を探した。

髪は角刈りにしているが、ヒョロヒョロとした体格の男だ。

例の御曹司の執事か。

その人影は、どこかの物流倉庫に向かっているらしい。

その、角刈りの男の後をそっとつけて、わざとらしく大声で話しかけた。


「どこだよ。

悠香ちゃんと、橋本。

宝月家の優秀なチャイルドマインダーなんだけど?」


「……!!」

男は、弾かれたように俺を見た。

その顔には、驚きと焦りの色が滲んでいる。

「いいの?

言わないとさ、君のとこの御曹司と俺の姉さんとの婚約、破談にするよ?

マズイんだろ?

系列グループの経営状況」

「なぜ知ってる?」

「宝月財閥の力を使って、あんたの家のことを全部調べたからだよ。

アンタが仕える御曹司、別に好きなワケじゃないんだろ?

姉さんのこと。

……悪いね。

俺のほうが、アンタの数倍、いや、数千倍は好きなんだわ、姉さんのこと。

姉として尊敬してるし」

「たまたま、俺の泊まっているホテルに偵察に来たとき、見ちゃったんだろ?

和之さんと悠月さんのそれはそれはお熱いイチャつきぶりを。

アンタんとこの御曹司が妬んだんだ。

自分がなかなかそんな関係になれないから。
だからだろ?

彼らの愛の結晶である悠香ちゃんを、怪しまれないようにチャイルドマインダーごと拉致ったの」


「な……何を証拠に!
出まかせを言うな!」


「ホテルの監視カメラ。

しっかりハッキングさせてもらったぜ?
泣いてる悠香ちゃんの声。

止めなさいって言った橋本の声と、男の頬を爪で引っかいていた様子が記録されてたんだよ。

現にアンタの顔に引っかき傷が出来てるし。

それが何よりの証拠だ」


宝月家が開発した、声も拾える監視カメラになっている。

そのテープを、わざと男に見せる。

本当は空のテープだけど。


「何やってる!」

ギィ、と音を立てて、扉が開いた。
外からの急な光に、目が霞む。
< 224 / 267 >

この作品をシェア

pagetop